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会社では、特に親しい同僚もいない私は、いつもお昼は一人。
食堂はありがたい事に、四人掛けの丸テーブルと、窓に面した、お一人様用の席がある。
その片隅に縮こまるように座り、背中を丸ませながらお昼を食べる。
昔から、ヒョロヒョロと身長ばかりが伸びたせいで、いるだけでみんなの邪魔になっていた。
ならば、隅で大人しくしているのが正解だろう。
両親も、親類も、ここまで大きい人はいないから、昔は養女じゃないかと疑ってしまった事もあったが――マメな母親が、出産からずっと、成長の記録を動画に撮っていたおかげで、いらぬ心配はしなくなった。
「――小野塚さん」
「え」
すると、不意に上から声がかかり、私は、箸を持ったまま顔を向ける。
――そして、思い切り顔をしかめてしまった。
「――阿賀野さん」
「……えっと……隣、良いですか」
「……どうぞ。――もう、終わりますので」
「え、あ、あの」
戸惑う彼をそのままに、私は、食べかけのお弁当のフタを閉めようとした。
けれど――その手は、彼の大きな手に優しく包まれ、止められる。
――え。
瞬間、男性に免疫の無い私の心臓は跳ね上がったが、微かに息を吐き平静を装った。
「――あの」
「あ、す、すみません。つい――」
――つい、で、手を握らないでもらえます⁉
ひきつりそうな顔をどうにか取り繕うと、彼を見上げる。
座ったままでも、視線は上に向く。
そんな経験、滅多にあるものではない。
「あっ……の……終業後に、お時間は……」
「申し訳ありません」
「少しだけで良いんです」
粘る阿賀野さんは、なだめるように私をのぞき込む。
正面から、その端正な顔を直視してしまい、思わず硬直。
志賀とともに、イケメン、と、女子社員がざわついているのも、わかる気がする。
けれど、その雰囲気は、まるで、叱られた子供のようにオドオドしていて。
そろそろ、周囲の視線が痛くなってきた私は、握られたままの手を、さりげなく外しながら、うなづいた。
「……わかりました……」
「ありがとうございます」
ニコリ、と、微笑む彼に思わず見惚れるが、すぐに首を振り、持ち直す。
「……何時に終わるかは、わかりませんが」
どうせ、また、課長にダメ出しされるんだろうから。
若干やさぐれながら言うと、阿賀野さんは、私をのぞき込んだまま言った。
「――なら、お手伝いしましょうか」
「え」
「僕、もう、コンペ企画は上がったので。アドバイスくらいなら――」
その言葉の動揺は――手を握られる以上のもの。
――もう?
――他の人達だって、ほとんどが、まだなのに?
――正直、煮詰まっているから、アドバイスはありがたい。
――でも、素直に頼るのも、癪に障る。
グルグルと回る思考を止めるように、阿賀野さんは、私に微笑む。
「同じ課で、同期で同僚です。――助け合いましょうよ」
そこに、別の意味が含まれているようで、ひるんでしまったが――これ以上の残業もしたくないのも確か。
交換条件とも言える提案を、私は、悔しさを押さえ込みながらも、うなづいたのだった。
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