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徐々に退社していくメンバーを見送りながら、私は、手元の下書きのイラストをにらみつけていた。
――コンセプトがブレブレなんだよねー。わかる?
あまりに煮詰まっていた私を不憫に思ったのか、藤後課長が、ヒントをくれたのが、三十分ほど前。
――ただし、それは、定時の、だ。
結局、残業は確定。
――週明けにチェックできれば良いからねー。
あっさりと言われたが、そんな簡単に修正なんて無理だろう。
週末、金曜日。
他の人達が、これからの予定に浮かれながら帰って行く中、私は、一人で、薄暗くなった部屋の中、パソコンをにらみつける。
「小野塚さん」
「え」
すると、不意に、後ろから声がかかり、振り返る。
そして――顔を垂直に上げた。
「阿賀野さん、まだ、いらしたんですか?」
キョトンとして、そう返せば、苦笑いされた。
「僕、アドバイスしましょうか、って、言いませんでしたか」
「え――あ、ああ、ハイ」
完全に頭から抜けていた。
「……もしかして、忘れてました?」
「……えっと……まあ、交換条件なのかな、ってくらいに思ってました」
阿賀野さんは、一瞬、表情を曇らせる。
眼鏡の奥の、綺麗な瞳が揺らいだのが見え、思わず、動揺してしまう。
「あ、あの……お話があるって言われてましたよね」
「……いえ……会社でするような話でも無いですから」
自分の言葉を撤回した彼は、隣の席に座ると、私の手元をのぞき込んだ。
――ちっ……近すぎないですかっ!!?
ガチリ、と、硬直した私を気にも留めず、彼は手を顎に当て、何事かを考え込んだ。
「――小野塚さん?」
「あっ、えっ、ハイッ⁉」
完全に挙動不審になった私に、彼は、ようやく、自分の距離の近さを理解したようで、慌てて身体を起こした。
「す、すみません、つい……」
「い、いえ……」
まるで、お見合いのように頭を下げ合う。
けれど、阿賀野さんは、再び下書きのイラストに視線を向けた。
「――あの……コレ、ちょっと、分かりづらいのでは……」
「え」
「えっと……クリームを全面に押し出すのはわかるんですが……バリエーションがありすぎると言うか――欲張りすぎて、結局、何を作りたいのかが、良くわからないですね」
沸騰しかけていた私の頭は、一瞬で冷える。
――ああ、そうか。
課長の言ってるのは、そういう事か。
「もっと、シンプルに考えた方が良いんじゃないかと……」
申し訳無さそうに、阿賀野さんは言うが、私は、首を振って返した。
「いえ、ありがとうございます。――もう少し、考えてみます」
そう言って、新しい用紙を引き出しから取り出す。
「え、まだ、やるんですか」
彼が、驚いたように言うので、私は、コクリ、と、うなづく。
「――いつものコトです。要領が悪いので、時間かけないと……」
ちゃんとしたものを作れない――そう、言おうとしたが、次には、左腕が掴まれ、強制的に立ち上がらせられた。
「――っ……きゃ⁉」
思わずよろめくが、阿賀野さんは、私を軽々と抱き留めると、宥めるように言った。
「すみません。――でも、今日は、止めにしませんか」
「え」
顔を上げれば、至近距離に、端正な顔。
「で、でも」
「いつも思ってました。――小野塚さん、頑張り過ぎなんです」
「――え」
「有名ですよ?毎日、一番最後まで残業してるでしょう。それ……上でも、ちょっと、問題になってるんですよ」
「え」
――ウソ。
――何で……?
――ただ、仕事が終わらないから、残ってるだけなのに。
動揺を隠せない私に、阿賀野さんは、微笑む。
「……小野塚さん――やっぱり、ちょっと、お話させてもらえますか。……いろいろと」
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