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阿賀野さんに引きずられるように会社を後にすると、彼は、私の腕を掴んだまま、駅の方へ進んで行く。
「あ、あの、阿賀野さん」
「ハイ?」
「――……その……離して……もらえませんか……」
うつむきながら訴えると、阿賀野さんは、思い出したように手を離した。
「――すみません。……逃げられると思って……」
「……え」
「いえ、同期のお説教なんて、聞きたいものではないでしょう」
私は、その言葉に、顔を上げる。
目が合えば、クスリ、と、口元を上げられた。
「……お説教、されるんですか、私?」
「忠告ですかね」
肩をすくめると、彼は、駅前のビルのファミレスに視線を向ける。
「夕飯、食べながらでも良いでしょうか」
私は、思わず足を止める。
――……こんなところ、志賀に見られたら……。
恋人が、仮にも女と一緒にご飯とか――ヤツは、面白くないんじゃないだろうか。
「ああ、来た来た、領司!」
すると、その張本人が、向かう先で、平然と女性の視線を受けながら、こちらに手を振ってきた。
「穂積、中で待ってても」
「良いだろ。一人だと、面倒なんだよ」
そう言って、阿賀野さんを見上げる志賀の表情は、気を許しているんだろう――仕事上では、見た事も無いくらいに、柔らかい。
阿賀野さんは、私を振り返ると、苦笑いで言った。
「コイツも一緒で構いませんか」
「……え、あ、いえ……」
かろうじて首を振るが、二人の間の空気が、邪魔を許さないように思えて、頭を下げた。
「……あの、後日、お説教はお受けしますので――今日は、これで……」
「え」
こんな、見目の良い男二人に挟まれて――耐えられる訳がない。
私は、バッグを抱えながら踵を返そうとするが、思い切り腕を掴まれた。
「おい、待て。――話があるって言っただろうが」
「……私には、ありませんので」
そう返せば、ヤツは眉を寄せ、ジロリと睨む。
「あ?こっちには、あるんだよ」
反射的に首をすくめると、困ったように阿賀野さんが間に入った。
「コラ、穂積、女性を威嚇するんじゃない」
「でもよ」
不本意そうに私を睨んだまま、志賀は続けた。
「とにかく、逃げさせるかよ」
そう言って、志賀は、徐々に距離を取ろうとしていた私を引きずり、ビルに入って行く。
「ち、ちょっと……!」
中に入ると、一階のファミレスではなく――エレベーターホールに。
「ど、どこ行く気⁉」
「上だよ、上。個室があるトコの方が、話しやすいからな」
「え」
私は、ギョッとして、脇にある案内に顔を向ける。
一階、二階がファミレスだが――上に上がるにつれ、敷居が高いレストランや、バーの名前が連なっていた。
「あ、あの、私……」
たじろぎながら後ずさると、すぐに、背中が壁にぶつかる。
――いや、壁じゃなかった。
「あ、す、すみません、阿賀野さん」
「いえ」
やっぱり、安定感が半端ない。
二度もぶつかった身としては申し訳ないのだけれど――やはり、壁にぶつかったような錯覚を起こしてしまう。
阿賀野さんは、その身長に見合うような身体つきなので、人によっては、威圧されているように感じるかもしれない。
けれど――視線が近い分、私には、それが不本意なのは見て取れた。
「おい、近ぇよ、小野塚」
すると、ぐい、と、腕が引かれ、不意打ちを喰らった私は、そちらへ倒れ込むと、志賀が軽々と受け止めた。
「ご、ごめんなさい」
「――ああ」
悪いのはヤツなのに、反射で謝ってしまう。
何だか腑に落ちないが、そうこうしている間にエレベーターは到着し、私は、問答無用とばかりに、箱の中に乗せられてしまった。
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