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注文を終えると、阿賀野さんは、目の前のお冷のグラスを持ち、一気にあおる。
「――すみません……ちょっと、緊張で、喉が渇いてしまって」
「え」
私が、目を丸くすると、彼は、困ったように微笑む。
「……いえ、まあ、いろいろとありまして」
「――領司、回りくどいのは通じねぇぞ、この女」
「なっ……何ですって⁉」
いい加減、志賀の暴言に我慢も限界だ。
私は、ヤツを睨みつける。
「ンだよ。本当のコトだろうが」
「――だとしても、何で、アンタに言われなきゃいけないのよ」
「関係者だからだろ」
小馬鹿にしたように鼻で笑われる。
「……私は、関係無い」
「あるだろ」
視線を逸らしたら負けのような気がして、志賀を睨んでいると、ヤツは、表情を変える。
「――昨日の夜――見ただろ」
「――っ……」
言葉が出ない。
――それが、答えになってしまうが――どう返せば良いのか、わからない。
「穂積、責めてどうするんだ」
「……わかったよ」
阿賀野さんが、諫めるように志賀の腕を掴むと、ヤツは、大人しく引き下がった。
すると、それを見計らったように、アルコールと、目を奪われるような料理がいくつも到着する。
店員が二人がかりで、すべてを並べ終え、個室を後にすると、阿賀野さんは、目の前の日本酒を手酌で注いだ。
「あ、あの……注ぎましょうか」
私は、自分の役目かと思い、徳利に手を伸ばそうとすると、苦笑いで首を振って遮られた。
「構いませんよ。別に、会社の飲み会とかじゃありませんし――僕は、上司でもありません」
「……は、はあ……」
「それよりも、小野塚さん、ソフトドリンクで良かったんですか?確か――飲まれますよね」
逆に尋ねられ、私は、自分の手元のジンジャーエールに視線を向ける。
「……あ、ハイ。……でも……帰ったら、企画進めないとですし」
そう答えると、阿賀野さんは、お猪口を持った手を止める。
「小野塚さん、家でも仕事はいけません」
「でも」
「四六時中、仕事に縛られるのは、かえってパフォーマンスを落とします」
「――でも、私は、そうでもしないと、締め切りに間に合わないですし」
「違ぇだろ。――そうやって、”仕事をしている自分”でいないと、安心できねぇんだろ、お前」
すると、志賀がそう割り込んできて、私は、反射的にヤツを睨みつけた。
「――知ったような口きかないでよ」
「入社時から、そうだろうが、この残業女」
「な、何よ、それ!――そもそも、私は、企画に来たかった訳じゃないのに――」
「推薦枠だったじゃねぇの、お前」
ヤツに指摘され、私は口ごもる。
新入社員の配属は、本人の希望もあるが、各課の上長の推薦――つまり、ウチに欲しい、という、いわゆるスカウトだ。
私が、入社試験の時に描いた、自分が食べたいケーキ、という、落書きに近いイラストと、アイディアを何故か買われ、藤後課長に引っ張って来られたのだ。
「オレ達は、希望してだったのによ」
「……今からでも、異動したいくらいなのに……」
私は、ふてくされながら、ジンジャーエールを口にする。
「贅沢言うな」
「だって、あんな、時間ギリギリでひねり出したような落書きの、どこに価値があったのかも、わからないのに――……。現に、これまで、一度も私の企画は、採用されてないでしょう」
――その間に、阿賀野さんも、志賀も、何度も企画が採用されて――社長賞まで取ってるのに。
すると、阿賀野さんは、空になったお猪口を置くと、私に言った。
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