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「違いますよ、小野塚さん。――言ったでしょう、考え過ぎだと」
私は、若干、赤くなった顔の阿賀野さんを見やる。
「でも」
「アイディア自体は、悪くない――というか、僕達では、考え付かないようなものですよ」
「え」
思わぬ言葉に、言葉が止まる。
「……なのに、いろいろと考え過ぎているんでしょうか。余計なものを足してしまうから――もったいないんです」
「……え、あ、あの……」
そんな風に考えられるものじゃない。
――不採用となった時点で、それは、もう、世に出せるようなものではないという事なのだ。
私は、視線を下げると、手にしたジンジャーエールのグラスを見つめる。
そこには――自信の無さが現われている、自分の顔が、うっすらと歪んで映っている。
けれど、阿賀野さんは、その、私の手を、そっと包み込むように握った。
――え。
条件反射のように心臓が跳ね上がり、思わず顔を上げると、彼は、微笑んで返す。
その視線は――優しくて、穏やかで――。
「大丈夫ですよ。――小野塚さんは、できる人です」
「え、あ、あり、がとう……ございます……」
あからさまなお世辞に、取ってつけたように、お礼を言う。
――私の、何を見て、そんな風に言うのか。
――本当に”できる”人なら――アンタ達みたいに、社長賞もらうくらい、しているでしょうに!
心の中でそう毒づくが、無理矢理、笑顔を張り付けた。
そんな私に気づくでもなく、阿賀野さんは続ける。
「だから、今度のチームでは、もう少し、肩ひじ張らずにやってみましょう」
「ハ、ハイ――……ハイ?」
私は、うなづきかけて――止まる。
「……”チーム”……??」
「あれ、聞いていませんか?今度、開発とチームを組んで、新ジャンルを開拓するって話。――企画からは、僕と、穂積、そして、小野塚さんが選ばれてますよ」
「――……え???」
――それは、一体、何の話でしょうか???
思わぬ話に、頭が停止しそうになる。
けれど――次の瞬間、我に返った。
私の手から払いのけられた、阿賀野さんの手。
顔を向ければ――不機嫌そうな、志賀の表情が見えた。
「領司、いい加減、離せよ」
「あ、す、すみません、小野塚さん」
――ああ、そうだ。
――何か、手を握られていたな。
こんな風に嫉妬が丸わかりなんて――コイツは、結構、子供なのか。
――それとも――それほどにまで、阿賀野さんが好きなのか。
阿賀野さんは、気まずそうに手を引くと、再びお猪口に日本酒を注ぐ。
「えっと――ひとまず、料理が冷めると悪いですし、食べましょうか」
「――ハ、ハイ……」
私は、ぎこちなくうなづくと、ようやく、目の前の刺身やら焼き物やら、美味しそうに並んでいるそれらに手をつける事ができたのだった。
食事中は、同期という事もあって、共通の話題でどうにか場を取り繕えた。
だが、ひと心地つくと、改めて、この状況の不自然さが気まずくなり、私は、立ち上がる。
「小野塚さん?」
「あ、あの、私、そろそろ……」
「おい、まだ、話は終わってねぇぞ」
けれど、志賀が遮るように言う。
――だから、その”話”を聞きたくないんだってば!
そんな心の叫びも空しく、ヤツに袖を引かれ、私は、仕方なく座り直した。
「……えっと……お話とは……」
阿賀野さんをチラリと見やるが、彼も、視線をさまよわせる。
「……穂積」
「良いよ、お前は別に、何もしてねぇんだし――被害者だ」
「穂積!」
二人だけの会話に入る気も無いが、黙っていても、しょうがない。
「……あ、あの……」
どうしたら良いのか迷いながらも口を開くと、志賀は、阿賀野さんを見やる。
「領司、先に帰ってろ」
「――でも」
「オレだけで説明した方が、話は早ぇよ」
阿賀野さんは、粘ろうとしたけれど、志賀の強い意思を感じたのか、引き下がる。
「……わかった。――じゃあ……すみません、小野塚さん、僕は、今日はこれで。また仕事で」
「――ハ、ハイ……」
彼が個室を後にするのを見送ると、急に、場の空気が冷えた気がする。
私は、姿勢を正すと、目の前の志賀を見やった。
ヤツは、強い視線を、私に向ける。
「――小野塚。……昨日、見たよな?」
「う」
私は、思わずうなづきそうになるが、急いで首を振る。
けれど、そんなものは、肯定と同じだ。
志賀は、私を睨みつけると、同じ質問を繰り返した。
「――見たんだよな、キス」
「……っ……」
――質問ではなく、確認だ。
私は、あきらめて、デカイ身体に似合わず、小さくうなづいて返すだけだった。
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