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逆光に照らされた祥子の表情はハッキリと見えない。
突然の言葉に頭が追いつかない。
『…は?何言ってんだよ、急に。』
『急でもないよ。最近ずっと考えてた。』
『…ずっとって何だよ…そんな素振りなかったじゃん!』
一方的に切り出される別れは一方的に責められている気がして苛立ちが先にきた。
『不満があるなら口で言えよっ…。』
『朔ちゃん。』
穏やかながらも強い響きにハッとして僕も立ち上がった。
逆光に照らされている祥子はさらに金色に縁取られ、髪とスカートを風に靡かせて立っている姿は…やけに神々しい。
『ちゃんと言ってたよ。
一緒にやりたいことも助けて欲しいことも何回も。
…さっき山を作ろうって言ったみたいに。』
『…そんなんじゃわかんねーよ!』
確かにさっき言われたけど一緒にやらなかった。それがなんだっていうのか。
祥子にとってはそんな小さな事で別れられる関係だったのか。
苛立ちから怒りに変わり、幻滅が重なる。
『お互い就職して忙しくなってきた時…朔ちゃんの方が毎日帰るのが遅くてグッタリしてたから支えたいと思った。
支えてきたつもりだった。
私だって会社で楽な仕事をしてるわけじゃないけど、そこに不満は無かったよ。』
『それならなんで…』
『お互いにそんなふうに補いながら2人の時間を積み重ねていくんだと思ってた。
昨年あたりから仕事にも慣れて、飲みに行ったりすることも増えたよね?
だから私との時間も前みたいに元気で過ごしてくれるんだと思ってた…でも私に対してはグッタリした朔ちゃんのままだった。』
『今さら気を使うような関係じゃないからじゃん…。』
どうしてそんなことがわからないのかともどかしくなる。
祥子は『あはは』と笑って下を向いた。
僕も下を向くと、砂の山が少しづつ波にさらわれていくのが見えた。
祥子の足にも波がかかっている。
『“言わなくても察して”と思ってたわけじゃないよ。
でも何を言っても言っても伝わらないのがわかってきて…。
ひとりで思いを積み重ねても零れ落ちるばかりでさ…もう疲れたよ。』
祥子は顔を上げて僕の方へ進んできた。
『伝わらないからって“別れよう”を気を引くみたいに使いたくなかったから。
それはもう最後の最後にって。
それが今日。』
バッグからタオルを出して僕に差し出した。
『さよならね、朔ちゃん。ここで別れよう。
駅はすぐそこだから…申し訳ないけど電車で帰ってね。』
色んな気持ちが入り混じって言葉が出てこない。
タオルを差し出す祥子がやけにあっさりしていて、また、苛立った。
『わかったよ。
俺は祥子にとって簡単にさよならできる相手だったんだな。
タオルはいらない。』
『…そう思うなら思えばいいよ。
じゃあね、朔ちゃん。
元気で仕事頑張ってね。』
砂浜に下りてからずっと逆光で見えづらかった祥子の顔が僕の横を通り過ぎて歩いていく時にやっと見えた。
淋しそうに笑っていた。
淋しそうにするくらいなら言うなよ。
僕にも意地がある。
引き留める気にはなれなかった。
祥子も引き返してはこなかった。
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