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少ししてから振り返ると、砂浜の土手をのぼり道路沿いの駐車場に停めた車に乗り込む姿が見えた。 祥子の運転する水色の軽自動車は帰り道とは反対方向へ走り出す。 ほんと方向音痴だな。 祥子はただ歩くだけでもかなりの方向音痴だ。 運転免許を取った時に僕のアパートまでの道を車の少ない夜遅くに何回も運転して練習していた。 交通不便な支社に異動で車通勤になった時も会社までの道を何回も。 ナビがあってもわからない時があるからと。 ふと、行きの車で言われた言葉が過った。 “ナビ見てるけど次の五叉路がわかりにくいよ。教えて?” …寝ながら聞いていた僕はなんて返事した? その後コンビニに停まって引き返した気がする。 たぶん道を間違えたんだろう。 夕陽が全部沈んだのかあたりが急速に暗くなって風がさらに冷えてきた。 …頭も冷えていく。 祥子の言葉と笑顔が頭に浮かんでは消える。 “一緒にハンバーグ作ろうよ” “LIFE誌の写真展行こうよ” “公園で花火しようよ” “洋服買いに行くのつきあって” “0時ちょうどに初詣行こうよ” “書類に足りないものがあって怒られちゃった” ……… どれも大した負担も無いような小さなことばかりだ。 僕はなんて返事してた? なんて言って慰めた? この中で一緒にやったことはどのくらいあるっけ…。 今日も僕は“祥子が運転するならいいよ”という態度でここに来た。 祥子の覚悟なんか気付きもしないで。 背後で大きな波が砕ける音がした。 僕の足を濡らし、引いていく。 海の方へ振り返ると、祥子が積み上げた山が跡形もなく消えていた。 僕は…僕は… 慌ててポケットから携帯を取り出し祥子に電話をかけた。 出るわけない。 靴を掴んで駆け出した。 走ったって追いつかないのはわかってる。 だけど大馬鹿な僕は走ることしか思いつかなかった。
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