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『朔ちゃん、山作ろう?』
祥子は僕の返事を待たずに白いロングスカートを膝の裏に巻き込み、斜めにかけたバックを背中の方へ押しやってしゃがんだ。
9月半ばの土曜日午後4時、海水浴のシーズンは過ぎたが照りつける日差しはまだまだ暑い。
スニーカーと靴下を脱いだ足の裏からも熱が体に入る。
さらに水面に反射する陽光も車で寝ていた目に染みる。
サングラス必要だったな…。
立ち尽くしそんなことをボンヤリと考えながら祥子を見た。
波で濡れない乾いたところで砂を集めてる。
さらさらの砂は積み上げにくそうなのに…足が濡れるのが嫌なのか?すでに白いサンダルは砂だらけだけど。
僕は祥子が作る砂の山よりさらに海岸線から離れたところに座った。
『一緒にやろうよー。』
祥子が手を止めて僕の方を見る。
『やらないよ。疲れてるんだ。』
『…わかってるよ。だからお出かけも午後からにしたし、運転も私がしてきたじゃない。』
『毎日通勤で運転してるんだから、海までだって平気だったろ?』
最後は返事をせずにまた両手で砂を積み上げ始めた。
子どもが忘れたであろうおもちゃがそばにあり、借りたら早いと思うが使おうとしない。
それなりに形になってきたが、乾いた砂は積み上げたそばから下へ流れ落ちる。
そんなふうに山を作って何が楽しいのかよくわからない。
『学生の頃は楽しかったね。』祥子が唐突に言う。
『何回も遠出したよね?カメラ持って。』
『…そうだな。』
大学を卒業して3年。学生時代なんて遥か昔のような気がする。
祥子とは大学1年の時に写真サークルで知り合い付き合い始めた。
結構長く付き合ってきたもんだな。
仲間内で“お前ら長いなー”と言われると、この安定した関係が正しいことだと思えた。
太陽が傾いてきて風の温度が変わった。
空が、海が、祥子の白いTシャツが、スカートが…オレンジ色に染まっていく。
こんなドラマチックな風景は久しぶりだ。
カメラが趣味だったはずなのに。
波が祥子の山の近くまで押し寄せるようになった。
『全然高く積み上がらないなー。』そういって祥子は立ち上がり僕の方を見た。
『朔ちゃん、お別れしようか。』
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