借金取りからの逃亡

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「今、話しかけちゃ駄目だぞ。借金踏み倒し女、これでも飲んで待ってろ、走って疲れただろ」  そういって借金取りは紙パックの紅茶をくれた。  ……え、何か怪しいものとか入ってないよね、これ。 「いきなりの優しさ……? 今までの文脈を無視しすぎてキャラ崩壊レベルですよ」 「文脈ってなんだ文脈って。俺だって30万程度の借金で破滅するような女、どうしようもなさすぎて本心でいえば同情してたっつーの。仕事だからそんな俺の私情は押し殺してたけどよ」 「……まさかの実はいい人路線……雨の中猫を助けてあげるタイプの不良ですか?」 「猫は助けた事はないが、捨て犬なら昔助けた子を今飼ってるぞ」  『ほら、可愛いだろ』と言いながら、借金取りはスマホの待ち受け画面を見せてくれた。本当に滅茶苦茶可愛い柴犬だった。  私は気が遠くなりそうになる。10分ぐらい前まで人生をかけたおいかけっこをしていた相手と、なんてやり取りをしてるんだ。 「いいか、例えどういう条件の求人が来たとしても、ちゃんと断らずに受け入れて、俺に借金を返せよ。人生は山あり谷ありだ、さすがにここで了承しても、あのイケメンさんの家で一生自宅警備員するなんて事はないだろうからな」 「自宅警備員を一生続ける事になってしまったら、何のスキルも身につかなそうで色々詰みそうですね」 「どこから突っ込んでいいボケを真顔で言うな。とにかく、30万ぐらいの借金で俺たち闇金に人生を無茶苦茶にされるのは割に合わないだろ。あのイケメンさんは性癖が歪んでそうだが、恐らく紳士だ。お前の人権を害するような事はしないさ」  うわ、遂に自分たちの事を闇金って認めちゃったよ……。  それは置いといて、借金取りの言う事は「そうですね」とは受け止められなかった。 「……ううん、どうなんでしょうね。自宅警備員なんてとても普通の仕事じゃないですし、不安です」  そもそも、男性は私に対して皮肉げで冷たい態度をずっと取り続けている。  あの様子はまるで私の事を嫌っているように見えて、借金取りの予想はちょっと楽観的にも聞こえた。  「お待たせしました、求人票が出来上がったよ」  男性はタブレットの操作をようやく止めた。  いや今のはすごかった、リア充女子高生のLINE返信より高速で指が動いていた。一体、初めてスマホを持つおじいちゃんおばあちゃん世代の人の何倍の速度になるのだろう?  あんなタップの仕方をして、手首が腱鞘炎にならないんだろうかと若干心配になった。 「おっどれ、見せてみろ」 「ちょっと待ってください、私が見るのが最初じゃないですか?」  何せ、借金取りではなく私を雇用するに当たっての求人票だ。嫌な予感もする事だし、忖度の入った判断をしそうな借金取りよりも先に私がちゃんとチェックしなければ。  男性は私にタブレットを渡す。  しっかりフォーマットは会社でありそうなPDFの求人票の形になっている。元々求人票のテンプレートを持っていたのだろうか?  それはそうと、求人票には、信じられない程の好条件の求人があった。 「月収23万、ボーナスあり、食事支給あり、仕事中はサブスクリプションにて映画ドラマアニメは見放題、漫画も読み放題、ゲームもやり放題!? 日替わりのお菓子もついてくる……! 仕事内容は実質家に一日中いるだけ!? ……本当にお金をだしてニートを雇うだけの求人では!?」 「気に入ってくれた?」  男性はにっこりと笑顔で私に訪ねる。  私は目の前の美味しい話に目が眩み、まともな判断力を若干失っていたが、冷静に冷静にと自分に言い聞かせた。
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