42人が本棚に入れています
本棚に追加
男性は借金取りの言葉に何か感じる所があったのか、数秒間思案するように目を閉じた後、私に向かって手を伸ばしてきた。
「求人票のタブレットを返してもらえるかな?」
「え?」
「労働条件を変更しよう、この男に免じて、君の喜びそうな方向にね」
「確かに休日はないよりあった方がいいですけど」
「何か含む所があるような言い方だね。君が休みの日が別になくてもいいと言うのなら、そういう形でも俺は構わないけど?」
男性は挑発的にそう言った。
くっ……! 何だか上手くのせられているようでとても悔しいけど、休日は確かにないよりあった方が全然いい。
「……いいえ、私はオフの時間も大事にしたい方なので、ぜひ休日をください」
私は男性に向かって、タブレットをさし出した。
男性はタブレットを受け取り、また器用に指先での高速操作を始めながら、私に問いかけた。
「ふぅん、俺の申し出を受ける覚悟は決まったのかい?」
「……仕方ないです、背に腹は変えられませんから」
本心をいえば、この不気味にすら感じる、「本当に仕事か?」と疑いたくなるような自宅警備員なんてやりたくない。
どう考えても怪しすぎるし、何か罠でもある気はしてる。
しかし、これを拒否したら、借金取りに捕まるだけだ。
両方地獄なら、私はよりマシな方の地獄を選ぶ。
……いや、本当にそうなのかな……こんな仕事、正直人権とか色々大事なものが失われそうではないか? 自分に自信が持てなくなってきた。
まぁでもきっと、何とかなるはずだ!
今は人生のどん底だとは言ったけど、中学の頃の「彼」と両親と離別した時に比べれば、今の辛さなんて大した事はない。
お金がないのは辛いけど、本当に大事なものを失ったあの時に比べれば、これはまだ耐えられる苦しみだった。
それに借金取りも言っていたけど、一生自宅警備員って事はないだろうし。
こんな全うでない仕事、履歴書の職歴に書ける訳がないので、残念ながら自宅警備員の仕事(?)をしてる間は空白期間になるだろうが……。
最初のコメントを投稿しよう!