42人が本棚に入れています
本棚に追加
彼は私の手のひらを握る手にぎゅっと力を込めてから、少しだけ彼なりの緊張が垣間見れる様子で言った。
「君と山に行くのもいいけど、ひとまず秋になったら、良かったら俺の家に来ないか? 俺の家の紅葉を見てほしいんだ」
「もちろん行きたい!」
私は自分が最近は近所のコンビニにすら行けていない引きこもりである事を忘れて、即答してしまった。
好きな人の家にお呼ばれしたら、それは行きたくなるに決まってる。
あれ? そういえば、彼から遊びに誘われたのは初めてかも。
私から彼を勉強会に誘う事や(彼は教え方が上手い)帰り道に買い食いに誘う事はあれど、今まで私は彼とちゃんと休みの日に遊んだ事はなかった。
私が中学校に通っていた時は主に学内で会っていたし、引きこもりになってからは彼が家まで来てくれていたから、あまり意識した事がなかったけど。
友達の家に行く事はよくあったけど、……くんの家ってどんな感じなんだろう。
色々な意味でドキドキしてしまう。
「俺の家の紅葉は主に楓が中心なんだ。本当にとても綺麗だよ」
「へぇ~。どんな感じなんだろう。秋が今からすごく楽しみ!」
「俺も今年の秋に向けて楽しみが出来たな。君と見る楓はきっと、他の誰と見るよりも、とても綺麗に見えるんだろうな」
「そういう事言われると、すごい照れちゃうな」
それが例えお世辞なんだとしても、私は彼がそんな言葉をかけてくれるだけで嬉しいと、どうしても感じてしまった。
……でも結局、この約束は叶わなかった。
私は秋になる前に、親に家を追い出される形で引きこもりの子供を社会更正させるNPO法人へと引き取られたから。
でもきっと、それで良かったんだ。
両親から聞いた話によれば、秋になる頃には既に彼は私みたいなβじゃなくて、運命の番となるΩを見つけていたんだから。
私はそれから今に至るまで、紅葉を見るとーー楓を見ると特にーー心に痛みが走り、まともに直視出来ず、足早に通りすぎるようになった。
最初のコメントを投稿しよう!