いざ彼の住み処へ

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「あの、楓さん。さっきから滅茶苦茶疑問だったんですけど」 「何?」  私の前を歩いている楓さんは、私の方を振り返ると無表情で短く聞き返してきた。  その素っ気なさに「なんだか聞きにくい雰囲気だなぁ」と内心やや困りつつも、このままの状態でいる方が嫌だったので、思いきって言ってみた。 「何で私達は手を繋いで移動しているんですか?」  しかも何故か恋人繋ぎである。  振りほどきたい、切実に。しかし振りほどけない。  楓さんは見た目は細身なのに、握力が強いのか、完全にがっしり右手を掴まれてしまっていた。  私もこれでもレモンを片手で握りつぶせる程度には握力があるんだけどな。  ……いや、レモン程度では握力の証明にはならないか。やっぱり林檎を握りつぶすぐらいじゃないと駄目かな。 「杏が逃げないようにに決まってるだろう。本当なら君に首輪でもつけて移動したい所だけど、そんな事をしたら俺の方が不審者だと外野からは思われるからね。苦肉の策だ」  そりゃ傍目から見たら、成人済みの女性に首輪をつけて歩いていたらどう考えても何かのプレイだとしか思われまい。  楓さんに倫理観はなくても、社会性はあってよかった。  首輪と比較したら、恋人繋ぎがマシに思えてきたのが少々恐ろしいが、楓さんは変に抵抗したら何をしてくるか分からない人な気がするのは純然たる事実だ。  手を繋ぐのも仕方ないという妥協は必要かもしれない。ずっとこのままの状態だったとしても、減るのは私の心の耐久性だけだし。  それって結構大事なものである気はしてるけど、深く考え出したら、更に追撃ダメージを負う気がしたので、私は敢えて思考停止する事にした。 「まぁまぁ、借金を返せるまで稼ぐまでは、私は楓さんの側にいますって!」 「……稼ぐまでは、ね。つまりそれが終わったら、君は俺の元からいなくなるつもり満々という訳だ」  私は「そこまで私の逃亡に気を張らなくてもいい」という事を伝える為にそう言ったが、彼には正しく伝わらなかったようだった。  楓さんは心なしか冷たさの増した表情で、さらりと言った。 「杏相手に給料を前払いで払うのはやめた方がいいという事ははっきり分かったよ。これで借金が返せると、金を持ち逃げされたら困るからね。馬鹿正直に自分の気持ちを答えてくれてありがとう」 「……ええ?」  楓さんって沸点低いのかなぁ?  私の今の発言のどこに気分を害する要素が? と戸惑いつつ、私は彼に手を引かれる形で、楓さんの家を目指した。  こんなに酷めの態度を取りつつも、歩幅はしっかり私に合わせてくれるのは優しさなのか何なのか……。
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