いざ彼の住み処へ

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「杏は俺の……」  私は楓さんの次の言葉を神妙な顔で待つ。  が、楓さんはそうやって真剣に彼の話を聞こうとしていた私をじっと見た後、「はっ」と彼がよくしがちな嘲笑を浮かべた。 「なんて、俺は親切に教えたりなんてしないさ。俺の事は自力で知ろうとする努力をするといい」  内心、がくっと来た。  結局、教えてくれないんかい! 全力で聞く体勢に入っていたので、脱力感がすごい。  こういう所は、楓さんらしいと言えば楓さんらしいが……。 「ぐ、分かりました。いずれ、楓さんの事を丸裸に暴きたててみせますよ…! 覚悟しててくださいね!」  めげない、しょげない、へこんじゃダメ、と内心唱えながら、出来るだけ強気に楓さんに対して振る舞った。  多分、借金取りにまで歪んでいると言われていた楓さんと接するコツは、心が折れないよう頑張る事である。    楓さんはすごく愉しそうに笑っていた。   「そうそう、その意気だよ。せいぜいこれから、俺の事を知る努力をたくさんして、俺の事で頭がいっぱいになるといい」 「何か引っかかる言い方ですね」  まるで楓さんが私が彼の事を知る努力をする事を歓迎しているような。  何で彼が私にそうしてほしいのか、いまいち分からない。むしろ、楓さんは私に自分の個人情報を知られたくない筈なのに、なぜ。  楓さんは私の事なんて「どうせ君が本気を出しても俺の事なんて一ミリも理解できないよ」とか思っていたとしてもおかしくないのはあるだろうけど。 「引っかかるなら、それも含めて俺の事を理解できるようになればいいよ」  「まぁ、そうか……うん」  私は顎に手を当てて、確かにと同意した。  少し釈然としない所は残るものの、楓さんとはこれからかなりの時間を一緒に過ごすのだから、彼の事をたくさん知る機会はあるだろうと思った。 「ところで、後で杏ちゃんには、昔、たったの一週間で別れた、この世で最も薄っぺらい関係性の彼氏について、しっかり話してもらうよ。雇用主は雇用する人間についてしっかり知る必要があるからね」    この世で最も薄っぺらい関係性って。  今でも男友達としては仲が良い子なので、あまりの言われように反発を感じたが、ぐっと我慢する。  多分ここで言い返したら、すごく面倒な事になる気がする。  すまん、一週間で別れた元カレ。自分の保身を優先して、君の為に怒れない私をクズだと君だけは罵っていいぞ。
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