いざ彼の住み処へ

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 しかし、このまま言われっぱなしで納得できるかできないかと言われたら、できないに一票だ。  私は楓さんに一言ぐらい苦言を呈してみても良いかと、彼の言う「世にも薄っぺらい関係性」には接触しない形で反論した。 「雇用主がそういうプライベートに関する事を聞くのって、あまり良くないんじゃないですか? 近年のコンプライアンス的に」  解雇された会社での、ハラスメントやコンプライアンスに関わる社内研修でやったぞ。  上司は部下に「恋人はいますか?」みたいな系統の質問をしてはいけないと。  ましてや過去の恋人について根掘り葉掘り聞くなんて、雇用主失格。思いっきり、法令違反だ。  これは私の方が正しい、私が正義。  しかし、楓さんは肩を軽く竦めると、私を馬鹿にするかのように笑った。 「君の今の処遇は俺の一存で決まるんだよ。例え世間的に見て、俺がコンプラ違反していたとしても、俺の家には人事部も監査部も法務部もないから、怒るのは君だけ。せいぜい君は俺の機嫌を取る努力をするといいさ」  確かにセクハラが起きてもそれについて起こる部署がなければ、その事は闇に葬られてしまうのだ。  何なら私を採用したという意味では、この自宅警備員の仕事は、楓さんが人事部の役目を担っているとも言える。  ハラスメントについての研修をする立場の人が、率先してセクハラをしてるなんて、なんて世紀末……やっぱりこんなろくでもない仕事、辞退してしまいたい……! 「絵に描いたような独裁なおかつパワハラ上司じゃないですか!?」  しかし私は逃げない、負けない。  まぁこれぐらい言っても、今までのノリなら楓さんはそこまで怒らないだろうという打算もあったが。 「俺は会社では誰に対しても良い上司だよ、こんな対応をするのは君に対してだけだ」 「あなたみたいなイケメンに「君だけだよ」って言われても、ときめきじゃなくて理不尽だとしか思わないなんて……」  私のふと溢した他愛ない発言に、楓さんは謎の過剰反応をした。  「え、イケメン? 俺が?」  どうも、本気で動揺していそうだった。
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