いざ彼の住み処へ

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 俯いた私を見て、楓さんは私の内心の不安に気づいたのかもしれない。  楓さんは私の左手を両手で握りしめると、彼にしては珍しい、酷く穏やかで優しい表情を見せた。  まるで私を安心させたいかのような。 「杏、大丈夫だよ。君が不安に思う事なんて何もない。君を害するもの全てを俺は許したりなどしない。君の事は絶対に守ってみせる……今度こそね」  そう告げる楓さんの表情はあまりにも真摯だった。以前に何かを守れなくて、今度こそ守ろうとしているかのような後悔すら感じ取れた。  私はつい雰囲気に流されてしまい、「それなら大丈夫かも」と思ってしまっていた。 「は、はい……!」  私が彼の言葉に神妙な顔で頷くと、楓さんはあっという間に真顔に戻り、さらりと吐き捨てた。   「杏は心配になる程にちょろいね」 「な、楓さん!? 騙したんですか!?」 「流石怪しい金貸しに引っかかるだけあるね、こんないまどき結婚詐欺師でもやらないような、ベタな手に引っかかるだなんて」  楓さんのそんな何の感慨もなさそうな声に、私はムカムカが止まらなくなった。 「くそ。もう二度と楓さんには騙されませんからね! 今に見てろよ!」  私がいまどきヤンキー漫画の三下モブでも言わないような捨て台詞で楓さんを威嚇していた所、電車がちょうど大崎駅で停車したようだった。  楓さんはエスコートするかのように、優雅に私の手を引いて、歩き出す。  私は内心非常にモヤモヤしつつ、楓さんの後に続いて、電車から出た。  そのままホームに向かって歩き出す道の中で、私は楓さんに文句を言う。 「一瞬でも楓さんの事を「頼りになる~!」とか思っちゃった私のピュアな気持ちはなんだったのか……」 「俺の事を恨むなら恨んでどうぞ、今後の同棲生活に支障が出ない程度にね」  何でこの人はさっきからずっと、ただの同居を同棲とかいう無駄に浮かれポンチ(?)な表現にしてくるのだろう。  突っ込むと面倒な事になりそうだから、突っ込まないでおくけど。 「あ~傷ついたわ~、心に致命傷を負ったわ~。全治三週間ぐらいかかるので、その分の慰謝料払ってくれません?」  しかし、結婚詐偽でもやらないベタな手(この表現も正直ムカつく!)で私の心を惑わせた事に関しては、引き続き擦り続けてしまう。  何故なら、先程は楓さんを信頼してもよいのかなと一瞬本気にしてしまっていたからだ。  ……別に、こうしてネタに出来る程度にしか傷ついてないけど。さっきだって、本気で楓さんに心を預けそうになった訳ではないけど。  しかし、楓さんは意外な返答で返してきた。
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