いざ彼の住み処へ

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 しかし、楓さんは意外な返答で返してきた。 「全治三週間程度で治るなら、別に全く致命傷ではないだろう。心に残った本当に深刻な傷は例え十年経っても治らないからね」 「確かにそれはその通りですね」  彼の言う理屈に思わず私は納得してしまう。  ここで楓さんの言う事に頷いちゃうだなんてとは自分でも思ったけど、まぁ分かるもんは分かるというやつである。  私の中にも「何年経っても治らない心の傷」は確かにあったからだ。  私の脳裏には中学時代にお別れせざるを得ない事になってしまった「彼」が思い浮かんでいた。  彼と最後に会ったのは中学三年生、つまり15歳の頃で、今の私は23歳だ。もうあの時から8年は経ったが、未だに彼の事を思い出すと、心のどこかが痛ましく疼くのだ。  私はきっと、彼の事は一生忘れられない。  彼のいない所で幸せになれたとしても、きっと心のどこかで彼の事は覚え続けている。  私はもう、彼の顔も声も名前すら思い出せないけど、彼の存在や思い出はずっと抱えて生き続けるのだろうという諦めはあった。 「杏にもあるのかい? 忘れられない心の傷が」 「ありますよ。楓さんにはぜっっったいに話したりしませんけどね!」  こんな割と信頼度が低い人に対して、自分の辛い過去を語ったりするような愚行はさすがにしたりはしない。  まぁ中学時代の「彼」の事はよくよく考えたら、全然誰に対しても話せていないので、特別この人だから話していないという感じでもないのだけど。結果的にはというべきか、必然的というべきか。  これは私だけが特別という訳ではなく、誰にでもあるんじゃないだろうか。  他人に絶対話したくもなければ、触れられたくもない過去というものは。
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