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「俺にも君には話すつもりはないけど、そういうものは抱えているよ。どうしても忘れられない、もはや呪いのような過去はね」
「呪い、うん、分かります。私の心に残る思い出も、ちょっとだけそういう所はあるから」
忘れられない過去は、確かに呪いのようなものだ。忘れようと思っても、ふとした時に思い出し、自分自身が縛られ続けてくような。
中学時代の「彼」は今でも私にとっては大事な人だから、あんまりそんな物騒な形容詞で呼びたくはないんだけどね。
思わぬ所で楓さんに共感してしまい、私はふふふと笑ってしまった。
「こんな事でまさか楓さんに共感するような事があるなんてなー。ちょっと嬉しいです。これから同居する人と少しでも分かり合える所があった方が嬉しいから」
それが例えマイナスな感情を孕むものでも。
「杏は急に訳の分からない同棲契約を押しつけてきた俺にまで媚びるんだな。本当に好きな相手にだけじゃなく」
それ自分で言っちゃうんだとか、何があっても同棲という事は譲らないのかとか、色々言いたい事はあったが、失礼すぎる難癖はしっかり否定しておこう。
「いやこれは媚びじゃなくて、安心なんですけど。同居する人間が訳の分からんエイリアンよりは、ちょっとは分かる所のある人間の方が安心じゃないですか」
「人間は分からない所が多い方が惹かれあうんじゃなかったのかい?」
……え?
楓さんがさらりと言った言葉に、私の思考が一瞬ストップした。
改札に向かって歩みを進めていた足も自然と止まってしまう。
楓さんも合わせてくれたのかすぐに立ち止まり、私の顔を覗き込んだ。
「杏、どうしたんだ?」
「……い、いや、その、何でもないんですけど……」
私は何でもないと口では言いつつも、内心では動揺が止まらない。
だって、楓さんが言っていた言葉はまるで。
……私が中学時代の「彼」に、昔言った言葉そのままだったから。
心臓がバクバクする。頭の中の思考が止まらない。
そんな私を見て、楓さんは無表情のまま、さらりと言った。
「ただの一般論にそんなに過剰反応しなくてもいいだろう。こんなのどこにでもありふれてる話だよ」
「……確かに、そうかも、しれないです」
私はようやく平静を取り戻す。
確かに今の楓さんの言っていた言葉は決して特別な話じゃない。今までだって私や楓さん以外の誰かの口から聞いた事があったかもしれない。
何で今の楓さんの言葉にやたらと過剰反応してしまったのか、不思議なぐらいだ。
……私は一瞬、ほんの一瞬だけ、中学時代の「彼」と楓さんを何故か結びつけてしまっていた事を、頭から念入りに振り払った。
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