54人が本棚に入れています
本棚に追加
男性は目を眇めると、私に向かってこう言った。
「俺の事、本当に忘れちゃったんだ? 君みたいな薄情な女を好きだった昔の俺の愚かさが身に沁みるよ」
「私の事を、好きだった……? それは確かにとても見る目がないですね」
私は恋人すら一回も出来た事がない、筋金入りの喪女である。そんな私をこんな顔だけならどんな女性とでも付き合えそうなイケメンが好きになるなんて、ある意味少女漫画みたいな話だ。
借金取りの言う通り、この人、趣味が悪いのでは? 色んな意味で。
「君にはプライドがないのか? もう少し自分に対して自負を持とうとしてもいいと思うんだけど」
「え、そこをきっちりフォローしてくれるんですか、何で……!?」
「なぁ、ご歓談中悪いが、そろそろ借金踏み倒し女を引き取りたいんだが」
どうやらこの借金取りは律儀らしく、今までずっと黙っていてくれたが、遂に我慢の限界が来たらしい。
「それはまだ無理だね。俺はこの子と取り引きしたい。でも、その結果次第では速やかに杏を引き渡すよ」
「は? 取り引き?」
借金取りは戸惑ったように首をかしげる。
「取り引きの内容としては、あなたにも損はない筈だよ」
「どういうものなのか知らないが、この借金踏み倒し女を逃がす事だけはするなよ。仕方ないから待ってやるけどよ」
やっぱりこの人、怪しい金貸し業者の割に律儀だな。
「だって。良かったね、杏ちゃん。君にも猶予が出来て」
「ちょっと待って、私があなたの手で借金取りに引き渡される事も勝手に決まってしまったんですが、それは」
「それは君次第だよ。どうなっても俺は楽しいけどね」
「どんな状況になっても楽しめてしまうなんて、この場における圧倒的勝ち組じゃん……!?」
私が思わず戦いてしまっている中、男性はうっすらと不気味に笑った。
「安心して、君が俺のお願いを聞いてくれれば、君の借金は全て肩代わりしてあげる」
「うわ嫌な予感がする! ここで「わーい!」って思えるほど、楽観的じゃないですよ、私」
「さぁ、どうだろう。今回の俺のお願いは客観的に見たら君にとっても有益なものの筈だけど、君はどう受け取るだろうね?」
男性はそういって小首を傾げると、私にPowerPointで作ったらしき資料を渡してきた。
え!? この話の流れで何でこんなものが出てくるの……!?
表紙には『プロジェクト・セコム』と書いてある。セコムって大丈夫なのか、具体的な企業名じゃないか。
セ○ムみたいに伏せ字した方がいいのでは。アウトだったら誰かこっそり教えてほしい。
最初のコメントを投稿しよう!