13.狂気の色

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この日、少しの残業をこなしてからパソコンの電源を落とし、ちらりと経理課の様子を伺うと、太田の姿が見えない。今日はもう帰ったのかとほっとしたが、油断はできないと思い直す。周りの皆んなに帰りの挨拶をしてから、ロッカールームへ向かう。そこで恐る恐る開いた携帯には、特に何の通知も入っていなかった。それでもまだ安心できず、身構えたままロビーに降りて行く。そこにも太田の姿はなく、そこでひとまず肩の力を抜いた。 今日も本当に来るのだろうか――。 帰路につく足取りが重くなる。 怖い。でも別れ話をするためには電話ではなく会った方がいいだろうしーー。 矛盾するそんな葛藤を抱きつつ、アパートの部屋の前にたどり着く。 「いない……」 太田に会わずに帰って来られたと胸をなで下ろし、バッグから鍵を取り出す。鍵を開けてドアノブに手をかけた。ドアを開けたその時、間近で声がして背筋が凍りつく。 「お帰り。残業?」 声がした方にぎくしゃくと顔を向けた。太田だった。 彼はにこやかな顔で私の傍までやって来て、じりじりと後ずさる私を捕まえるようにその腕を私の腰に回した。 「何をそんなに驚いてる?俺に聞いてほしい話があるんだろ?夕べ言ってたじゃないか。だから来たんだ。上がるよ」 太田は私の返事を聞くことなくドアを開けて、私を引きずり込むようにしながら玄関に入った。 ドアを閉めると鍵をかけ、私が止める間もなく部屋に上がり込んだ。 「待って!部屋に上がっていいなんて言ってない!」 太田は肩越しに私を見る。 「ふぅん?話はいいのか?俺はこのまま帰ったって構わないけど。俺の方には話はないから」 そう言って太田は帰るそぶりを見せた。
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