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「なぁ、笹本」
太田は猫なで声で言い、怯える私の両肩をつかみの上に押し倒した。
「北川の方がよくなったって、正直に言えば?」
彼の両手が私の首に伸びた。
「くっ……」
喉の辺りをじわじわと締めつけるように力を入れながら、彼は私を見下ろしている。
その手から逃れようともがいたが、外そうにも彼の手はびくともしない。
苦しい――。
霞む視界の中、彼の頬にうっすらと笑みが浮かぶのが見えて恐ろしくなった。
「だめだよ。笹本は俺の彼女なんだ。いったい何度言ったら分かってくれるんだろうな。お前を他の男になんて絶対に渡さない」
そう言って、ようやく太田の手が私の首から離れた。
途端に咳き込み、私は体を横にした。その背中を太田が優しい手つきで撫でる。
「明後日から出張だよな。明日は出張前で色々準備があるだろうから、来るのはやめておくよ。出張は一泊だったな。夜には電話するから、ちゃんと出てくれよ。もちろん仕事の邪魔にならないようにするから安心して。笹本がこっちに戻った夜にまた来る」
たった今私にしたことなど忘れたかのように、太田は優しい声でそんなことを言う。ちらと目に入ったその顔は、付き合うより前、そしてつき合って最初の頃にはよく見せてくれていたものだった。それなのにどうしてこんなことになってしまったのかと、ひどく哀しくなる。涙をこぼす私に、彼はキスを一つ落とした。
「おやすみ」
優しすぎる声でそう言って、彼は帰って行った。
私はその後ろ姿を涙に霞んだ目で見送った。再び軽く咳き込んだ時、今自分の身に起こったことがよみがえり、全身に鳥肌が立つ。首に残る太田の手の感覚にぞっとして、自分自身を守るように体に毛布を巻きつけた。
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