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「まだその辺りに支社の人たちがいるかもしれない、って拓真君が言ったばかりだよ」
周りの目が気になって離れようとする私に、彼はその手に少しだけきゅっと力を込めながら言う。
「大丈夫だよ。きっともういないし、いたとしても暗いから手を繋いでるかどうかなんて分からないよ」
「さっき言ってたことと矛盾してるんだけど」
「そうだった?」
拓真は私の言葉をさらりと流す。
「でも碧ちゃん、ほろ酔いみたいで危なっかしいから。このまま行くよ」
心配そうに言われては、頷かざるを得ない。
「うん……」
どきどきしているのはお酒のせいだけじゃない。頭一つ分高い位置にある拓真の顔を見上げながら、私は彼の手をそっと握り返した。
ホテルまでの十数分、少なくとも私はデート気分を味わった。ホテルに入る手前で彼の手が離れた時、もっとこうしていたいのにと思ってしまう。
拓真の少し後に続いてホテルに入り、フロントで預けていた荷物とカードキーを受け取る。エレベーターに乗り、二人して同じ階で降りた。
「同じフロアだったね」
「そうだね。明日は朝食を一緒に食べようか。ロビーに7時半集合で間に合うかな」
「うん。十分だと思う。あ、荷物は持って行った方がいいよね」
「あぁ、忘れないようにしないとね」
部屋ははす向かい同士だった。私たちはドアの前で言葉を交わす。
「それじゃあ、今日はお疲れ様。ゆっくり休んで」
「うん、拓真君も。おやすみなさい。あと一日、よろしくね」
ドアを開けて部屋に入る。それにやや遅れて、拓真の部屋のドアが閉まった音が聞こえた。彼が近くにいるということに安心する。今夜はぐっすり眠れそうだと思った。
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