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私の言葉を太田が信じていないことは分かった。さらに問い詰められるかと思い身構えたが、彼はあっさりと引き下がった。
―― まあ、いい。明日の夜に会いに行く。その時もう一度話し合おう。それじゃ、おやすみ。明日一日、仕事頑張って来いよ。
私の返事を聞かずに一方的にそう言って、太田は電話を切った。
話し合おうなどと言ってはいたが、きっとまた同じことの繰り返しになるだろうと、暗い気持ちで予想する。彼が別れないと言い続けるのであれば、彼と話すことはもう諦めた方がいいのかもしれない。諦めて心を騙して太田と付き合い続けるのは絶対に無理だ。そうなると他の選択肢は。
……逃げる。
その言葉がぱっと頭に浮かんだ。
だけどどうやって?
このまま一緒の職場にいてはそれは難しい。太田から完全に逃げたいのであればと、転職や引っ越しのことにまで考えが及ぶ。
考えれば考えるほど暗い沼の中に堕ちて行きそうで、何かに、誰かに縋りつきたくなった。そう思った次の瞬間には、私はカードキーだけを手に、部屋を飛び出していた。向かった先は拓真が泊まる部屋。ドアをノックしてしまってから我に返る。心細くなって、衝動的に彼の部屋の前まで来てしまった自分の弱さが恥ずかしくなる。
私ったら何やってるんだろ――。
冷静にならなければ、落ち着かなかればと自分に言い聞かせつつ、彼の部屋の前から去ろうとした時だった。ドアが開いて拓真が顔を覗かせた。私を認めて驚いた声をもらす。
「碧ちゃん……」
拓真は急いでさらにドアを押し開いた。
私の様子に異変を感じ取ったのか、拓真の表情が険しいものに変わる。
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