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タクシーが去った後、太田が残して行った名刺を手にしたままアパートに足を向けた。歩きながら今の出来事を振り返る。
彼の告白に対して答えを出すまで、猶予ができた形になった。だが、そんなに長く彼を待たせるわけにはいかないだろう。私はどうしたいのかと、自分自身に問いかけてみる。
太田のことは嫌いじゃない。同僚として頼りになるし、男性としてどうかと考えた時、魅力的な人でもある。帰り際、彼と視線が合った時どきりとした。告白されたせいもあるだろう。それでもそれは、ずっと忘れていた恋の始まりを告げるような感覚に似ていて、甘い期待と予感に心が弾みそうになった。
だけど、私の心には過去の恋の欠けらが残っている。
好きだったあの「彼」に二度と会うことはないだろうが、万が一再会したとしても、私と「彼」がヨリを戻せるとは思えない。少なくとも私は「彼」に謝らなければならない立場であり、「彼」の方は自分から逃げた私を責めたい気持ちでいるに違いないのだ。
早くその欠けらを捨てて前に進まなければと焦るのに、過去を引きずる気持ちが消えない。そんな状態で太田に応えるのは失礼なのではないかと思う。その一方で、太田と交際すれば過去の恋から解放されるかもしれないと、淡い期待を持つ自分もいる。
どう答えよう……。
私は名刺の裏に書かれた番号を眺めながら考え込んだ。
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