山下と星

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紀元2XXX年、世界は突如訪れた異星人の攻撃により、壊滅状態にあった。 陸は燃え、海は沸騰し、都市は600wの電子レンジで10分間も、じっくりチンしたようにアツアツになっていた。 そんな大災害の被害者たる地球を、異星人たちは衛星軌道上の宇宙船から眺めていた。 「おい、今度の作戦はどうしてこうも惨いんだ。」 「仕方ないさ。この星の表面にあるケイ素、あれをいただくためには固体のままじゃ骨が折れるね。一度ドロドロに溶かして、液体にしてから吸い取りたいところなんだよ。」 そんな会話をしていると、ノックが聞こえ、誰かが、34本ある脚のうちの一つを使って、扉を開けた。  「分隊長どの!ただいま、敵の捕虜を捉えて参りました!」 そいつは34本ある脚のうちの二つを使って敬礼し、報告する。 「推定26歳、Y型、他よりでかい鼻と、目尻の斑点が特徴です!」 「ご苦労。」  分隊長はそうとだけ言うと、捕虜に向かって話しかけた。 「貴様、名前はなんと言うのだ。」  首から吊るされ、捕虜は酷く怯えながら目を泳がせていたが、やがて、震える声で応えた。 「や、山下です……。」 「そうか。この度は、全く災難なことであった。しかしながら、貴様が我々の問に正しく答え、偉大な連邦宇宙政府の開拓事業に貢献するのであれば、貴様の脳神経を小型コンピュータに写し、このだだっ広い宇宙に放り投げてやることも、やぶさかではない。」  山下は、わかったのかそうでないのか、きょとんとしていたが、分隊長は質問を始めた。 「我々の目標は、この星のケイ素の獲得である。  しかしながら現在、我々は純度の高いケイ素を入手することに苦戦している。そこで貴様に問う。地球上で多くケイ素の存在する場所はどこか。」   山下は、必死に自分の青年期を思い返し、先ずは、ケイ素というのが何だったかを考えた。  そういえば、高校の化学の教師が、ある日教室にキラキラ光る結晶を持ってきて、これがなんたらで、ケイ素となんたらの塊だとかいう話をしていたのを思い出した。  しかしながら、山下はあまり賢いY型ではなく、それがどこで採れるものか、正確に知らなかった。 「そうですね……。山……とかじゃ、ないですかね……。」 「そうか。山か。しかし、この星のみならず、惑星に山というのはいくらでもある。山の中で、どれなのか、ご回答願いたい。」  分隊長は三角の目をくるくる回転させながら、とんがった口をひくひくさせて尋ねる。 一方の山下は、そりゃそうかと思いながらも、分かり兼ねるので吊るされるままでいた。  しばらくにらめっこしていたが、分隊長はとうとう痺れを切らして、いくつかの脚で山下を左右に引き裂こうと、手首に脚を巻き付け、引っ張り始めた。 焦った山下は、悲鳴に近い声をあげる。  「あぁ、嘘です!本当は知っています!」 締め付けていた腕が一瞬緩んだ。 「そうか。なら早く申せ。」  口からでまかせを言ってしまったが、もう後がない。   「さ、埼玉です……。埼玉の山で採れます……!」 山下の答えを聞き、分隊長は満足したのか、兵隊を集めて言った。 「この捕虜の申すには、この星のケイ素はサイタマの山の中に埋まっているらしい。総員、熱核放射衛星を等間隔に配置、一斉照射の準備をせい。」   分隊長の命令を聞いて、兵隊は慌ただしく動き出した。  ああ、なんということをしてしまったのだろう。  俺が録に勉強をしてこなかったがために、我が故郷埼玉は灰塵と帰すのである。  しかしながら、それと同時に俺の命もここで尽きるであろう。  それが、俺の無知に対するせめてもの償いとなることを願っている……  山下は後頭部に衝撃を受けて目を覚ました。  「おい、山下、起きろ!」  上からこちらを睨んでくる分隊長……ではなく、化学の教師の竹山がいた。  教室中で、くすくすと笑う声がする。 「窓側の席で眠いのはわかるが、授業中は寝んように。」  竹山はそう言うと、教壇にもどった。  良くも悪くも、異星人も、その異星人がこの星を攻撃する兆しもない。あるのは、勉強と、部活と、人間関係と……。 後で竹山に聞いた話だと、二酸化ケイ素の結晶は、水晶というもので、中国やスリランカ、日本では山梨県でも採れるらしい。  竹山には、なんだ、そんなことも知らんのか。前回授業でやったばかりではないか、でかい鼻しやがって、と散々嫌味をいわれたが、俺はどうしても知っておきたかった。  もし、いつか異星人がこの星を攻撃してきた時のために。  
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