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そう言って、ベッドから抜け出したアキくんが、鞄から紙を引っ張り出してこちらに持ってきた。私の前でぴらぴらと『証拠だ』とばかりに見せつける。
「ほら、婚姻届にもサイン済み」
「え!? ちょっ、待って!? 私、飲んだ勢いでそこまでしちゃったの??」
「証人の欄はBar三日月のマスターと、そこの常連さんがサインしてくれてる。届出を出そうと思えば、いつでも出せる状態ってこと。
……それにしても、『クールビューティーな濱本さん』って社内で言われている麗がこんなに取り乱すなんてな。あと、もう俺がいない所であんまり飲み過ぎるなよ?」
「う、嘘でしょう……?」
急いで婚姻届を取り返そうと手を伸ばしたが、サッと紙が頭上に移動して、私は宙を掴んだ。
「まさか、『無かったことに』なんて言わないよな?」
「え、いや、あのぉ……だって結婚したとして、アキくんにメリットある?」
「メリットはある。だから昨日サインした」
「えぇぇぇ……」
「ひとまずこれは預かっておくから、近々麗の親とうちの親に挨拶に行くぞ。あと、もう一緒に住む」
「えぇ!? 私達、最近再会したばっかりだよ? というか! アキくん恋人いないの? 仕事も出来てかっこよくて、実はもう結婚してるとか!?」
「んなわけあるか。と言うか、麗はそういう風に思ってくれてたの? 仕事が出来て、かっこいい?」
「あ……」
これ以上喋ると墓穴を掘りそうで、口を噤んでしまう。二日酔いと動揺と、何でも見抜いてしまえそうなこの距離感も合間って、要らぬ事まで喋ってしまいそうだった。
例えば、あなたが初恋の人だということとか……。
黙り込んでしまった私を見て、フッと笑みを落としたアキくんは、子供の頃に見たような優しい表情をしていた。
「逃がさないからな、麗」
……前言撤回しよう。アキくんの表情と言っていることが真逆で、震え上がった私は罠にかかった小動物そのものだった。
どうやら私・濱本麗は『おひとり様』街道まっしぐらのはずが、お酒の勢いで初恋相手に逆プロポーズしてしまったようです――。
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