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「ここはお前の居た世界で言う所の異世界というものだ。ここはその中でもスターヴィンセル国と言い、私はこの国の魔導士を束ねる魔導士団長を勤めているフィルド ジョセンだ。」
部屋の調度はヨーロッパ調というか異世界という特別な感じはしない。目の前の美丈夫が唯一の違和感だ。
「お前の父親である前魔導士団長は私の師匠でもあった。魔王討伐の際、勇者と聖女の力を持ってしても滅す事は出来ないと悟った師匠は、持てる魔力の全てを使い魔王の封印を果たした。魔力が枯渇した師匠はその場で命を落としたが、恋仲だった聖女の腹には子が宿っていたのだ。それがお前と言うわけだ。」
幼い頃から両親がおらず、祖父母と暮らしてきた。
物心がついてから、どんなに父と母の事を祖父母に尋ねても「事故で亡くなったから」と詳細は教えてもらえなかった。何か教えられないような理由があるのだろうなと、いつかは教えてもらいたいと願っていた事だったが、まさか真実はこれとは。
「それは本当の事でしょうか?現実味が無さすぎて信じろと言う方が無理ではないですか?」
フィルドの態度は傲慢な感じはするものの、どうでも良い嘘をついている様にも見えない。かと言って素直にそうですかと認められる話でも無い。
「先程、力が開花したと言ったのを聞いていたか?普通の人間はそのような魔力は体内に湧きあがらない。開門した魔力は、長い時間を待たずしてお前の中を巡りだすだろう。体感をもって事実と知れ。」
説明することに極力時間や労を費やしたく無いのか、そう言ったきり黙り込んで窓の外へと視線を動かした。
「少し早いが夕食としよう。今日はこちらの空気にも慣れていないからな、早く休むと良い。」
確かに、窓の外は薄闇が広がり始めている。元々居た世界でも夜の時間でお腹が空いて気力も無くなりそうだ。コクリと頷き、食事をする意志があると伝えるとフィルドは少し安心した様に表情を和らげた。粗略な態度に隠れて分からなかったけれど、実は彼も少し緊張していたのかもしれない。そう思うと、さっきの横柄な態度も許せるような気がしてきた。
「それでは食堂へ向かおう」
ゆったり立ち上がったフィルドは私の目前までやってくると、再び私を横向きに抱えた。驚きの余り彼の顔を直視してしまうと、近すぎる位置にあるその顔は静かに笑っているように見えた。その瞬間、視界に映るものは掻き消えて見えなくなった。
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