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池袋東口のイベント会場には、多くの人が集まっていた。整然と並んだ五十脚ほどのパイプ椅子がすべて埋まりザワザワしている。
スーツ姿の長髪の男性が会場の中央に現れると盛大な拍手が起こった。隣の澤村も手を叩きながら「彼が一ノ瀬さん。この会の代表」と教えてくれた。
「みなさんようこそ、一ノ瀬渉です。今日はこれほど多くの新しい仲間にお会いできて光栄です。ご挨拶代わりに自己紹介のムービーをご覧ください」
会場が暗くなリ、正面の壁に大きな映像が映し出された。ナレーションとともに、まだ赤ん坊の一ノ瀬の写真から始まり、貧しかった子ども時代、高卒で社会に出て苦労した話。そして成功を掴んだ現在までのヒストリー映像だった。そこかしこから鼻をすする音が漏れ聞こえてくる。
「新世界フーズがここまで成長できたのは、皆さんのお力添えあってこそです。私は皆さんから頂いた力を皆さんにお返ししたい。一緒に新世界の幕を開きましょう!」
会場が割れんばかりの拍手に包まれた。拍手が鳴り止むと会場が明るくなり、中央の壁際に商品を乗せた長テーブルが現れた。
一ノ瀬が再びマイクを握る。
「これは最先端のバイオテクノロジーを利用した、高栄養価のオーガニックシリーズでパートナー限定商品です。もちろん特別価格」
萌子は、澤村が自分に商品を買わせたいんだと察した。友達同伴もノルマなのだろう。聞けば澤村は、すでに五十箱ほどの在庫を抱えていて、そこから買って欲しいと頼まれた。嫌われたくなかったので、その日は二万円分を購入した。商品はシリアルやクッキーなどで、一人で食べきれない分は実家に送ったが、澤村に追加購入を頼まれて、結局十万円の出費になった。いよいよお金が底をつき、消費者金融に足を運んだ。純粋に澤村を応援したかったので、販売にも協力するようになった。
派遣に加えてエタニティと新世界で多忙な日々を過ごしながら、二ヶ月ほど経ったある日、澤村から、ワンランク上のシルバー会員にならないかと持ちかけられた。
手渡された〈パートナー集客マニュアル〉を自宅に持ち帰り、目を通してハッとした。勧誘の仕組みがエタニティフレンズと酷似していたのだ。
弱い心と承認欲求を見逃すな。共感、共鳴し、ミラーリングで仲間意識を養う。決して否定せずに受け入れて褒める。この世で一番の理解者になれ。遠くの親より近くのあなた。不安(経済的・心情的)をつつけば人はお金を出す……。
言葉を失った。浦部福子が自分に接してきた内容そのものだった。新世界フーズの商品をエタニティグッズに置き換えれば、エタニティでもそのまま使えそうなマニュアルだ。信仰だと信じ込んでいたものが、冷静に見ればビジネスだったのか……。
次の週、萌子はエタニティフレンズを脱会し、派遣契約も自己都合で解約した。
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