1

2/2
前へ
/11ページ
次へ
 二時間前――  萌子は会社に辞表を提出した。事業部長との不倫が会社で広まり、いづらくなったのだ。  およそ一ヶ月前の月曜日、彼の妻が会社に乗り込んできて大騒ぎになった。人事に呼ばれてしばらく有休を取るように促され、その後、自宅待機中にやんわりと、辞めるように言われた。 「あの女をクビにしなければ御社を告訴します」  妻はそういったようだ。さすが訴訟の国アメリカ帰りの帰国子女だ。  会社としては揉め事は避けたく、また、彼は優秀な人材で、社運を賭けた新規事業の陣頭指揮を執っている。そうした面に惹かれて不倫関係になったのだが、会社の立場で考えれば、会社が自分よりも彼を守るのは理解できた。でも、納得はしていない。 「妻とは冷え切ってる。もうじき別れるから。萌子しかいないんだ」  会社では決して見せない弱い部分を私の前だけではさらけ出して、時には涙も見せた彼。その言葉を純粋に信じてきただけなのに、なんで私だけが……。手にした冊子の上にぽとりと涙が落ちた。 〈A road to eternity 天につながる道〉と表紙にある。可愛い天使が微笑んでいる。  表紙の裏に〈エタニティフレンズのあなたへ――〉から始まる言葉がつらつらと綴ってある。〈あなたとの出会いは運命〉や〈フレンズの悩みは天が浄化してくれます〉などの言葉が並んでいる。  萌子は占いや宗教は信じない派だ。そっと冊子を閉じて目をつむった。  三十分ほどで駅に着いた。帰宅ラッシュの時間で駅前を多くの人が行き交っている。  家に食べ物がなかったことを思い出し、スーパーに寄って帰るかと、スマートフォンの電子決済アプリの残高に目を落とした。 「危ないっ!」と大きな声がして、次の瞬間下半身に強い衝撃を受けた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加