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3.無情
ガサ入れで検挙した連中の調書を作成し、送致の目処が立った時にはもう、公園前で客待ちをする素人の立ちんぼの一斉補導に出る時間になっていた。
静馬はおろか、部下達もろくに食事を取れていない。
まずはしっかり休ませないと……そう思っていると、目的の公園で二人の少女がホストらしき若い男を刺したとの通報が入った。
「課長、食事してください。俺ら、昼間に課長が裁判所に行ってる間に軽く腹に入れましたから、先に現場に入ってます」
悠太が、栄養ゼリーをチュウチュウ吸いながら静馬に叫んだ。
「悠太、俺の分もそれ、ある? 」
すると、稚児は素早く同じものを静馬のデスクに持ってきた。
「無理は禁物っすよ。いくら色っぽくても45……おっと」
つい口を滑らせた悠太をギロリと睨み、静馬はさっさと防刃ベストをシャツの上に着込んだ。
「悠太ら3人は俺と現場に。鈴下と野々村は残って引き続きガサの裏付けを頼む。おおい莉子、児相に渡りつけたら今日は上がれよ、下の子が明日遠足だろ」
少年係の机が固まっている部屋の端から、女性の声で「帰りませーん」との返事が届いた。
生活安全課の溜まり部屋から駆け出し、静馬はネオンが照りつける歌舞伎町に向かった。
既に現場は規制線が張られていた。
事件直後とあって、流石に客待ちをする女達の姿はなかった。
「被害者は26歳のホストです、既に搬送しました。二人に滅多刺しにされて、脾臓と腎臓を深くやられてますんで、ちょっとねぇ……被疑者の二人、市川課長の名前を知っていましたが」
「……実は半年前にウチで補導したばっかり」
「それで……かなり動揺して話もろくに聞けません」
静馬は頷き、少女二人が押さえられている警官達の輪の中に分け入った。
「エミリ、ユウナ」
「……静馬くん」
顔に返り血を浴びた壮絶な姿で、しかしながら心の糸がプッツリと切れてしまったかのような虚ろな目で、二人の少女が静馬を見るなり呟いた。
蹲ったまま女性警官に身柄を抑えられている少女達に合わせ、静馬もしゃがみこんだ。
「どうして、俺に相談してくれなかったんだ。約束だったろ」
「……ごめん、静馬くん」
「私達、もう、死ぬしかないよね」
何故、ここまで無知なまま自分を汚してしまったのか、自分を守る術を教える大人は誰もいなかったのか……静馬は二人を抱き寄せた。
「そんな事を言うんじゃない。大丈夫だ、俺達が力になるから。自分としっかり向き合って、罪を償っておいで。それから、どうやって生きていくかを一緒に考えような」
二人の髪からは、キツイ汗の臭いが立ち上った。まともに風呂にも入っていないのだろう。それでも、静馬にしがみついて泣きじゃくる二人の髪を、静馬は優しく撫でてやった。
ほんの14歳である、二人共。
北関東の私立中学の二年生。都会に憧れて、繁華街の闇にまんまと引き摺り込まれてしまった。
初めて補導した時はまだ13歳だった。
13歳……。
母の再嫁先である日舞の宗家の継子となって、間も無く当の母に死なれた。
他人の家で、ただ一人生き抜くために芸に精進する静馬が13歳になった時、天才舞踏家と呼び声高かった義兄に花を摘まれた。
恋だ愛だと甘く囁かれて抱かれた直後でも、女が来れば罵声と共に裸で外に放り出された。痣だらけの裸体を月明かりに晒して、何度泣いただろう。
それでも、縋る者のない13歳の少年は、白痴のように義兄との関係に溺れた……16歳の破滅のその時まで。
『今世紀最高の鷺娘』、『伝説の女形』、その実体は、愛に飢え、悪い大人に身も心も搾取され続けていた愚かな少年だったのだ……。
この世でただ1人、加津佐だけが、あの13の頃の悲しみを共有してくれる。
彼とはやっと、1年になるか……。
「1年……あ」
静馬は格闘していた書類から顔を上げた。
帰らなくては……帰りたい、加津佐の元に。
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