虎と龍のおいしい関係

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虎次郎が台所にたち、クッキングをはじめた。 動きは正確で、迷いがなく、ガチャガチャと響くような音をたてず、猫が歩くようにサイレント。 虎次郎が、食前酒をもってきてくれた。 酒は好きだけど、酒によわい虎次郎は、いろいろなカクテルをつくり、味の感想をききたがる。 目のまえに置かれたカクテルはネグローニ。 貴族が食前酒として考案したカクテルだったとおもう。 クエン酸いりの水でしっかりと洗い、天井の光を跳ねかえすようにビューティーなロックグラスのなかに、赤い液体と透明な氷がいれられている。 透明な氷を作るのは、とても大変だが、虎次郎は苦労をいとわない。じぶんでは飲まないのに、デティールにまで気をくばる。 いちど沸かしたお湯を常温までさまし、ゆっくりと冷凍すると透明の氷がつくれると聞いたことがある。 たかが氷、されど氷。ていねいで、グッドな仕事をしている。 赤い液体にしずめられた氷のうえには、カットされた黄色のレモンの皮がのせられている。 レモンの皮をスクイズし、グラスに香りと酸味をくわえる。 レモンのビターな酸味のおかげで、口あたりがスマート。 赤い液体は、ジンとカンパリ、そしてアンゴスチュラビターズをミックスしたものだ。 カンパリは、かんきつ類の白いもやもやした部分を煮つめたようにストロングに陽気に苦いイタリアのハーブ酒だ。 カンパリをストレートで、もしくはソーダをいれるだけでも食前酒になる。 カンパリだけでなく、ネズの実の香りと風味をつけたジンをいれることで、アルコール度数がたかくなり、ヘビーでストロングなキック感になり、胃を強烈にめざめさせてくれる。 そして食欲を増進させるためにつくられたアンゴスチュラビターズのディープな苦み。 しっかりと冷えているおかげで、するすると飲むことができる。 胃に落ちた冷たいお酒は、胃の熱であたためられ、胃のひだにしみこみエナジーになり、胃をシェイクしアクティブに動きださせる。 日本の夕立まえによくみられる積乱雲のように、食欲がわきたつ。 一般的なネグローニのレシピではかんじられない、スターアニスの香りに気がついた。 ロックグラスに鼻をちかづけ、鼻から息をゆっくりとはき、香りを確認する。 カンパリだけでなく、フランスのハーブ種ペルノがいれられているようだ。 ちらりと、料理中の虎次郎をみると、いたずらが見つかった悪ガキのようにはにかみ、そして天使のように微笑んだ。 虎次郎はオーソドックスなカクテルレシピに、ツイストをくわえることがある。 そのツイストは、パズルのようにぴたりと味と香り、風味がはまりこみ、オーソドックスなカクテルの味わいをデリシャスなものにしたてあげている。 虎次郎が、ローテーブルのうえに、小鉢や小皿をスピーディーにならべていく。 ネグローニを飲みながら、今日の夕食はなんだろうとイメージする。 夕食のレシピはたずねない。目のまえにおかれるまで、たのしみをとっておくのだ。 今日は、なにも香りがしてこない。 粉をねりあげている姿は見た。包丁でミンチをつくっている音は聞こえた。 小皿のほかに、濃口醤油とワインビネガー、ブラックペッパー、そして、醤油やソースと見まちがえるほどに黒い酢がおかれた。 中国のおみやげにもらった黒酢だ。 さいごに自家製のラー油がおかれた 虎次郎が油にネギの青い部分や薄くきったショウガ、皮をつけたままのニンニクをいれ香りをひきだすように温めた油を、しめらした唐辛子の粉にかけて作ったラー油だ。 唐辛子の粉に油をそそぎいれた瞬間の音はでかく、白い煙にはカプサイシンがとけだしたように目が痛くなった。 虎次郎のつくったラー油は、薬味の香りがディープにまざりあい、ゆたかな辛味がファイヤーしている。 虎次郎のラー油と比較してみると、市販品のラー油はデッドしている。 今日の晩御飯の料理はわかった。 ネグローニを飲みほし、ロックグラスをローテーブルに置いた。 透明な氷が、澄んだ涼しい音をたてた。
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