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虎次郎が大きく黒い土鍋をかかえ、よちよちと歩いてきた。
手伝われることをベリー嫌う虎次郎。手を貸したくなるが、怒られないように石のうえに三年の勢いですわりつづける。
黒い土鍋のなかには、白い湯気をたてるお湯がたっぷりといれられており、そして、厚手の白い生地で具をつつみこんだ餃子が浮かんでいる。
白い湯気のむこうがわにたつ虎次郎の頬がすこし赤くなり、ひたいには汗がにじみ、細い髪がはりついている。
さらに、たっぷりの氷と瓶ビールを2本いれたボウルを土鍋の横においた。
そして、虎次郎は冷凍庫からビールジョッキをとりだし、おれに渡してくれた。
冷凍庫からとりだされたビールジョッキには微小なフロストがついており、手からヒートをうばう。
ビールジョッキの飲みくちには、ラップがはられており、汚れや細菌がはいりこまないようにされている。
虎次郎が、栓抜きで王冠をぬく。
シャンパンの栓をあけたように、ゴージャスな音がたつ。
おれが王冠をあけると、王冠は半分に折れてしまい、みじめな音をたてる。
手首が柔軟なのだろうか。虎次郎はエレガントにビールの王冠を飛ばしあげる。
しずしずとビール瓶をさしだす虎次郎。おれもビールジョッキをさしだす。
黄金の液体が、白い霜のおりたビールジョッキの色をかえていく。
白い霜は、キメの細かい泡になり、黄金の液体のスピリッツがぬけないようにしてくれる。
そそぎおわる瞬間、エキスパートなソムリエのように、液体がこぼれないようにビール瓶をくるりとまわす虎次郎。
ネグローニに温められた胃に、クールなビールを一気呵成におくりこむ。
ホップの苦みと炭酸の泡の軽快さのおかげで、舌やのどにひっかかることなくスムーズに流れおちていく。
ホットからクール。サウナのように、料理を食べる用意がととのった。
長さは7㎝、高さは5㎝、厚みは2㎝の餃子。
餃子の皮は、虎次郎が粉をねりあげて作ったはずだ。
手作りだというのに、餃子の皮の大きさと厚みは均一。機械でつくったといわれても納得するだろう。
おれは、お箸のつかいかたが下手だ。
破れやすい市販品の餃子の皮でつくられた水餃子をつかみあげられない。
虎次郎の餃子の皮は、安心して口にはこべる。
お箸でつかんでも皮が破れることがない。安心して食べることができる。
酢醤油にラー油をいれた器に、水餃子をちょんとつける。
水餃子は、麺のように、口中につるりとはいりこむ。
あわてて食べると、のどがホットになり火傷をおう。
虎次郎の水餃子のおいしさに魅せられ、水餃子をのどにつまらせたときは、大変だった。
水餃子の皮は、市販の皮を三枚ほど重ねあわせた厚みであり、エンジェルの衣のように優雅にお湯のなかでダンスしている。
皮を噛むと、アグレッシブな小麦のフレーバーをしっかりと感じとれる。
そして、餃子の皮は、ほのかにスイート。シュガーなどの甘みではない。餃子の具と皮の調和をくずさないナチュラルな甘味。
餃子の皮に、サムシングがいれられており、味に厚みをつくりだしている。
なんの甘味だろうかと、じっくりと餃子の皮をリサーチしたが、わからなかった。
虎次郎が湯気のむこうがわで、にっこりと優しいティーチャーのように笑っている。
おれはビールを飲み、口中をリフレッシュさせた。あいたビールジョッキに虎次郎がビールをそそぎいれてくれる。
虎次郎の水餃子は、ライトな食感でありながら、しっかりとした旨味もかんじられる。
豚肉よりも野菜のほうがおおくいれられている餃子の具だとは思う。
餃子の具は白く、ホウレン草によく似た色が混ぜられている。
水餃子だけでも十分においしい。さらに、さまざまな調味料につけて食べるのだ、あきることがない。
そして、たっぷりの餃子を食べても、ストマックがはちきれるような苦しさはない。
雪がつもるように、胃に餃子がつもっていく。いくら餃子を食べてても疲れない。
土鍋のお湯のなかにたっぷりと浮かんでいた餃子のほとんどをおれが喰った。
まだまだ食べられると思ったが、腹八分目におさめておく。
おれの腹八分目の量を虎次郎は見切っているのでは、と思う。
虎次郎は、ローテーブルのうえにのせられている土鍋や調味料、小皿、ビール瓶とビールジョッキをかたづけだした。
そして、おれの目のまえにあいたスペースに、マッカランの18年とロックグラスを置いてくれた。
ロックグラスに指二本分のマッカランをそそぎいれる。
ディナーのしめの熟成された琥珀色の液体を飲みながら、ゆったりとした気持ちで、きびきびと子犬のように夕食の後片付けをする虎次郎を眺める。
そして、ロックグラスをかかげ、ご馳走様でした、と虎次郎にいった。
洗い物をしている虎次郎は、おれに背をむけながらお粗末さまでした、とこたえた。
虎次郎の表情はわからない。
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