529人が本棚に入れています
本棚に追加
できすぎた兄を持つ春佳はブラコンだ。
冬夜はへたな芸能人より顔立ちが整っているし、自慢の兄だ。
妹のひいき目をなくしても魅力的だし、世間的に見れば彼は恋愛経験が豊富な人に思われるだろう。
一緒に暮らしていたなら兄に彼女がいるか分かっただろうが、冬夜とは少し距離があるだけに、謎が多い。
毎日冬夜を見ていれば幻滅する点も出てくるのかもしれないが、今のところ彼は春佳の理想を保ったままだ。
だから春佳は兄に恋人がいないのか、ずっと気にしている。
冬夜に似合いの女性が現れたら、ブラコン妹として葛藤するだろうが、本当にいい人なら祝福したい。
そうして〝こじらせ妹〟から卒業し、自分も相手を見つけて幸せになりたいと願っていた。
なので冬夜に彼女がいないのか、知りたかったのだが――。
「春佳」
窘めるように少し強めに名前を呼ばれ、彼女はハッとして俯く。
「紹介できる人ができたらちゃんと言うから、あまり困らせるな」
呆れ顔で言われ、春佳はさすがにしつこくしすぎたと反省する。
「……ごめん」
謝ったあと、気まずいながらも朝食を終え、二人でキッチンに立って洗い物をしていた時だった。
春佳が軽くすすいで冬夜が食洗機に入れる役を担っていたが、なぜか指先がよく触れ合う。
(濡れるから触らないようにすればいいのに)
そう思って洗い物を終え、タオルで手を拭いていた時、背後に冬夜が立ちキッチン台に両手をついた。
(ん……?)
振り向くと兄の両腕に閉じ込められる体勢になっていて、ギョッとする。
「なに」
女性向け漫画にはこういうシーンがあるし、ドラマでもときめきシチュエーションとしてお馴染みの体勢だが、相手が兄では話が別だ。
冬夜には憧れているものの、実際にこうなるとどう反応すればいいのか分からない。
困惑していると、冬夜は妹を腕の中に囲ったままジッと見つめてくる。
(何がしたいの?)
兄を見つめると、彼もまた春佳をまっすぐ射貫くように見つめ返してきた。
「春佳、彼氏は?」
今度は逆に聞き返され、彼女は溜め息をつく。
「……いないの知ってるでしょ」
それも、半分は冬夜が原因だ。
完璧に近い兄がいるので、同じ歳の男の子は子供っぽく見え、欠点もすぐ目についてしまう。
『お兄ちゃんは年上だし、同い年の皆も成長したら相応に大人になるから、その時彼氏を作ればいい』
そう自分に言い聞かせても、大学の男友達と一緒にいると『お兄ちゃんはこんな事をしない』と無意識に比べてしまう自分がいた。
だから十九歳になる今も、春佳には恋人らしい存在がいない。
妹の返事を聞き、冬夜は微かに目を細める。
「彼氏ができたらこういうふうに密着するけど、お前大丈夫なのか?」
冬夜はからかうように言い、わざとゆっくりと春佳の頭を撫で、頬から顎にかけて指先を滑らせた。
その親指が唇に触れようとした時、春佳はパンッと兄の手を叩いていた。
「ふざけるのやめて!」
彼女は両手でドンッと兄の胸板を押し、荷物を置いてある客室に向かう。
(何あれ!? さっきの仕返しにしてもやり方がずるくない?)
兄に恋をするつもりはないが、冬夜の整った顔を間近に見ると胸がドキドキする。
幅の広い二重に、彫りの深い目元。意志の強そうな黒い目に、スッと通った鼻筋に形のいい唇。
潔癖そうなその唇が、誰かにキスしたのかと思うと胸が苦しくなる。
最初のコメントを投稿しよう!