準備と旅立ち、雲の棚引く国

2/2
前へ
/8ページ
次へ
電車に乗り、繁華街を出ると目的の旅行会社が見えて来た。 「おっ、そうだ。その前に金を卸さないと」 ATMで自分の残高を確認。 500万とちょい、意外と貯まっていることに我ながら驚いた。 と言っても少額だけどな。 恋人もフィアンセもいない俺には当たり前か。 お金を50万ほど引き出したあと、旅行会社への門を叩いた。って言っても、自動扉を素通りしただけなんだけど。 「いらっしゃいませ、どうぞこちらへ」 発券番号を取ろうとしたら、スグにお店のスタッフに声を掛けられた。てっきり『番号札をお持ちの……』てども言われるのだと思っていた。 いや、それはないか全然人はいないし。あのウィルス騒動の後、何処も不況の煽りを受けているらしい・・・・・・ 「どちらまで?」 「インバーカーギル……いえ、クライストチャーチの飛行機チケット有りますか?」 インバーカーギルと言おうとしたが止めた。どうせなら、少しニュージーランドという国を見てみたくなったのだ。クライストチャーチから高速バスの旅も悪くない。 チケットの予約をしたあと、俺はステ馬でコーヒーとサンドイッチで簡単に昼飯をとる。トイレに入ったあと、次の目的が判明した。 「うわっ、髪がぼっさぼっさだ。髪を切らないとな」 俺は奮発し、初の美容院へと足を踏み入れた。 いつもなら、駅地下にある激安の散髪屋で済ませている。 何故か分からないが、そうしないと行けないとそう思ったからだ。 「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」 もう来ることはないだろう。 別に今回のことで日本に戻らないって言うわけじゃない。 ただ俺には、美容院というお洒落な場所が性に合わないと体験して思ったのだ。 後用意するものは、全てアパートにある筈だ。 来週が楽しみだ。 俺は行くなら早目に旅立ちたかったのと、早目に到着することで南島をゆっくりと南下し、インバーカーギルまで行こうと思ったからだ。 某映画で実際に使われたロケーションも是非立ち寄ろう。 ◇ 空が低い。 空港からタクシーへ街まで移動し、最初に自分の足でニュージーランドの大地を踏んだ印象だった。雲が棚引き、手を伸ばせば届きそうなそんな高さだ。 Aoteaora(アオテアオラ)━長い雲の棚引く国とはよく言ったものだ。 雨は降っていなかったが、雲に覆われた空のせいで、街は旅行者の人々で賑やかにも拘わらず暗い。俺はこの町を二泊だけ泊まり、観光地を一通り見学したあと、高速バスに乗った。 クライストチャーチはとても綺麗な印象の街だった。しかし一つだけ残念なことがある。それは地震でかつてのシンボルだった大聖堂がかつての姿をしていなかったことだ。 そして俺が信じていた仮想空間はやはり仮想でしかなかったんだと同時に思い知らされた。 でも、がっかりしたわけじゃ無い。寧ろ俺は喜びを感じていた。 だって、実際に自分の眼で見たこの国はとても美しかったからだ。 次の目的はネルソン・タスマン。某映画のチェトの森のロケ地だ。クライストチャーチから少し北上するので、ほんの少しインバーカーギルから離れるが、どうしても某映画のロケ地の旅をしてみたくなったのだ。 カンタベリー、マッケンジー、サザンレイクス、なんだか目的が映画のロケ地ツアーに成って来た。まあいいか。あくまで寄り道だ。 俺は約一ヶ月の南下の旅をロケ地観光をしながら楽しむと、世界遺産でもあるミルフォードサウンドを最期に約束の町であるインバーカーギルへと入った。 ミルフォードサウンドのクルーズ船は最高だった。フィヨルドの大地を形成する山々の間から流れ落ちる滝、滝、滝、太陽の光に照らされてレインボーカラーの水が流れ落ちていた。 それより何よりも感動したのは海豚の群れとの遭遇だった。水族館や動物園で見た事あるからそんなに珍しく無いだろうと言う人が要るかもしれない。でも断言して言えるのは、俺達が日本で見る海豚とは違うということ。ダスキードルフィンという種類で、薄い灰色のストライブの模様があり、水族館で見る海豚とは違いとても身体が小さいのだ。 そして何よりも人なつっこかった。 俺はバスを降りると、背伸びをした。背中が痛い。 思ったよりも距離があったからだ。 「ミルフォードからインバーまでなんでストレートに行ってくれないんだよ」 一人ぶーたれていた。 高速バスは有るのだが、乗り換えになるとは思ってもみなかった。 ミルフォードからクイーンズタウンへと戻り、そこからスタンレイストリートでバスを待ち、ミレニイウムを経由し、インバーカーギルへと入る。移動時間はおよそ9時間、約半日を要した。 「今日は予約してもらったバックパッカーに泊まって、明日アダムスにメールを送るか」 俺はミルフォードで宿泊したYHAの受付の人に、インバーカーギルにあるバックパッカーであるタウタラロッジへ電話で代わりに予約して貰ったのだ。そのお陰で到着してから宿探しという、面倒な作業は省け、そのまま宿泊地へと向かう事ができた。 チェックインを済ますと、俺は地図を広げる。 なんでもスマホで済ます時代の俺にとって、紙の地図を広げるのはなんだか感慨深いものがあった。そう、子供の頃に母さんから買って貰った小さな地図を広げた時を思い出させた。 現地で調達したフリーの街のガイドマップ、俺は目的地のバーガーショップに印をつけると、ベッドへと入った。長旅で疲れていたのか、目を閉じるとそのまま朝まで瞼を開くことは無かった。 カーテンを閉め忘れていたので、朝日で目が醒める。物凄く深く眠れたのもあり、コンディションはばっちしだ。交換したメールアドレスへとメッセージを入れると、なんとアダムスからスグに返信が来た。どうやら向こうももう起きているらしい。 俺は軽く朝食とコーヒーを飲んだあと、バックパッカーを後にした。 「どうやらあそこだな。やべっ、なんだか緊張してきた」 俺は年甲斐ものなく手に汗を握りながら、自動ドアの前へと立つ。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加