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何年ぶりだろう。
そうだ、あれは小学生の陸上部での大会以来だ。
初めての競技場を前にして、俺は立ち止まってしまった。
でも、俺はもうあの時の臆病坊主じゃない。
「よしっ」
カーゴパンツに汗を拭ったあと、俺は一歩を踏み出した。
ガーと自動ドアが無機物な音を立てながら開く、英語でいらっしゃいませの声が聴こえる。最初は聞き取れなかったが、この程度の英語なら旅の途中何度も聞いているので、流石に聴きとれるようになっていた。
俺はスマホでメッセージを再確認する。
待ち合わせの場所は、窓際の席。
ちょっとざっくりだな。
海に面していれば最高なのに、残念ながらそうでは無かった。
お店を出てヴィクトリア道を左に曲がり数十メートル先には、ワイホパイ川が見える。
さて窓際とはいえ、写真を貰っていないので、アダムスがどういう男なのか分からない。年齢、身長、服装は?
俺は到着したとメッセージに入れる。
「シンジ~~」
俺の名前を呼ぶ声が聴こえる。
俺は一瞬びくっとなった。声を掛けられる可能性があることは想定していた。
でも、この声は……どう考えても女性の声。
スマホの画面から顔を上げると、そこには金髪の美女が立っていた。
「アダムス?」
俺は喉から素っ頓狂な声が出た。
「そうだよシンジ、初めまして僕がアダムスだ。なんて」
「はっ、初めまして」
彼女は男らしく腕を組んだつもりらしいが、逆に二つの豊満な暴力が前へ強調された。
「どうしたのシンジ、ひょっとして私のこと男だと思ってた?」
「まあ……ね」
「それより、確か君は私達って言ってたけど、他の仲間は?」
「まだ来てないの」
「来てない?」
「ええ、みんな寝坊助だから。まだホテルでドリームタイムス」
なんだ、そういうことか。てっきり皆俺と同じ様にお互い初顔合わせなんだと思った。
「さて、約束通りハンバーガーを食べましょ」
「ああ、そうだな」
俺はビッグを注文し、彼女はフィッシュのキウィソースを注文した。此処NZ限定らしい。
「支払いは一緒で」
「いや待てアダムス、それは男の俺が払うよ」
「そう、ジェントルマンなのね」
確かに俺らしくない。この異国の空気にあたられたのか、珍しく彼女でもない女性に奢っている。普通友人なら割り勘だ。
「よしっ、食べようか」
「ちょっと待った!?」
ハンバーガーを口に入れようとした瞬間、彼女に手で遮られた。
「食べるならこうよ」
「えっ!?」
突然腕を絡ませて来たのでビクついた。外人はスキンシップが激しい。交互に腕を絡ませたせいもあり、彼女の顔がぐぐっとこちらへと近づく。彼女の呼吸音が聞こえる。
「少し食べづらいかもしれないけど、互いにお互いの口にバーガーを運ぶの。乾杯ってやつね。ほら、口を開けて」
「おっ、おお」
まさかハンバーガーで乾杯するとは。口の中でキウィソースの味が広がる。って、俺のハンバーガーは彼女の口の中。
「どうしたの? 食べないの?」
「あ? いや、食べるよ。もちろん食べるとも」
仄かに赤い紅が俺のバーガーのバンズに付着している。何年ぶりかの間接キス、しかも外人で美女と来ている。俺は生唾を飲んだあと、それを口に中へ隠すように押し込むと、そのままガブリと大きく頬張った。なんの匂いかは分からないが、花の香りが鼻腔へと通る。これは彼女の唇の味。
「旨い!?」
「でしょ。乾杯のバーガーは最高でしょ?」
「……ああ」
君の味とはとても言えない。
「さて、食事も終わったし。これからの計画を話しましょう」
楽しい食事が終わったあとは、今後の計画について資料をみせながら丁寧に説明をしてくれた。そして1時間くらいしたあと、他の仲間達もやって来て合流することとなった。お互いに自己紹介を済ますと、明日の準備のために時間が無い為、アダムス以外の皆はそれぞれの宿へと帰って行った。
決行は明日。
港を出発し、インバーカーギルから南極まで4800キロの旅。
……想像以上に遠い。
俺達は南極クルーズの船員として乗り込み、お客を南極まで案内する。到着したあとは、南極で船番をしている別のクルーと入れ替わる。その後は、目的の南極の向こう側へ行く他の部隊と合流して、一緒に向かうこととなっている。
全員合わせて50名。思ったよりも結構な大所帯だ。
「しかし、南極条約違反で逮捕されないのか?」
「そこは大丈夫、クルーの中に南極条約に関わっている連中がいるの。働いていた彼等も疑問を持ったのよ。何故、世界の政府関係者は南極の向こう側を公開しないのか。ほら、これ見て」
「この山は?」
「南極の最南端にある山、その名もラスト」
「ラスト?」
「ええ、最後って意味。おかしいでしょ? 地球は丸いんだから、本当は向こう側は海が有って、別の国が見えるはずだわ」
確かに、ラストだなんて一体どういう意味で付けてるんだろう。
「しっかし、なんか山っていうか壁みたいだな」
「ええ、そうとも言われているわ。ねえ、そう言えば一つ聞きたかったんだけど」
「何?」
「あなたって恋人とかいるのかしら?」
「恋人? 残念ながらフリーだ」
「ほんと、良かった!?」
えっ、良かったってなんだ。もしかして、彼女は俺のことを……。
「もし恋人が居たら、何か有ったら悲しむからね」
「なんだ、そういうことか……」ボソッ
「えっ、何か言った?」
「いや、なんでもない」
俺は誤魔化すようにコーヒーカップに口を付ける。
「そう。ちなみに私もフリーよ。旅の途中であなたに恋するかもねっ」
ぶほっ。
「ちょっとシンジ、どうしたの。大丈夫、突然むせて」
分かってて言ってるのか、本当に分からないで言ってるのか。この女は小悪魔なのは間違いない。その思わせぶりな笑顔がその証拠だ。
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