シャウト

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 山びこのプロを目指している僕は、とある山にいた。  山びこで人を感動させるのは至難の業だが、目指す価値はある。僕は高校卒業を機に、一級山びこ師の資格を持っている両親と同じように、山びこのプロとして生きていくと決めた。  試験官であるやまびこ界のドン、山びこ仙人が目の前でニヤリと笑う。ロングの白髪と白ひげが、とても良く似合っている。 「準備はいいか?」 「はい!」   僕はこくりと頷いた。 「よし。ヤッホーと言え」  山びこ仙人が指示を出す。 「はい。ヤッホー!」  すると…山から返ってきた声は… 「うひゃひゃー!」 「え!? 笑い声返ってきたんですけど!」 「ふむ、山びこは時々こういうふざけた返しをしてくるんだ。受け流せ。次いくぞ」  山びこ仙人は肩をすくめて言った。試験は続く。 「次はワッショイと言え」 「ワッショイ!」  ところが、山が返してきたのは…。 「ショイショイショイ! ショショショーイ! ショショ、イエーイ!」 「ちょっと待って! 山びこさん、なんかノリノリじゃないですか!」  すると、山びこ仙人はニヤリと笑った。 「これが山びこの奥深さだ。どれだけ真剣に叫ぼうが、山は時にふざけ、時に哲学的な返答を返す。それを全部受け止められる奴だけがプロになれる」  僕はひたすら心の中で叫びたかった。どういう試験だこれ? と。 「では次は、山の神サイコーと言え」 「山の神サイコー!」  僕は叫ぶ。今度こそまともな返しが来るだろうと、少しだけ期待していた。  だが、山からの返事は… 「山の神…て誰?」 「知らないのかよ!」  僕は思わず声をあげた。すると、山びこ仙人がすかさず説明した。 「山だって知識には限界があるんだ。全部を期待するなよ」 「はぁ。はい」  山びこも、山びこ仙人も完全にふざけている…が、ここまで来たらもう引き下がれない。とことん叫んでやる。 「さて、最終問題だ」山びこ仙人は両手を広げた。「返してこられない声を出せ」 「え?」 「さあ、いけ!」  僕は、なんだかよく分からないけれども、キリッとした表情の山びこ仙人をチラ見しながら、とりあえず全力で叫ぶことにした。 「ウオオオーーーッ!」 すると、山びこは…。 「………」  静寂が山に漂った。すると、山びこが、とても申し訳なさそうに、「…すまん、聞き逃した。もう一回言って」 「おい! なんだ、このフザけた試験は!」  僕は突っ込んだ。  山びこ仙人は大笑いしながら僕の肩を叩く。「よし、合格だ! 基準に達している」 「辞退します」  僕は深々と頭を下げた。 「いいから合格しておけ。ワシの顔を立てろ」 「立ててやれよー!」山びこが間に入ってくる。 「……そこまで言うなら。合格しておきます」 「おめでとー!」山びこが、僕を祝福する。 「あ、ありがとうございます」  こうして僕は、やまびこのプロとなった。今日も僕は人々を感動させるため、ひたすら叫び続ける。   (了)
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