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昼休み、鈴音はお弁当を持って屋上へと向かった。少し一人になりたかった。冷たい風が頬を撫でる中で、彼女は鞄から母の手帳を取り出した。最近はずっとこの手帳をお守り代わりに持ち歩いていた。
表紙を指でそっとなぞり、静かに手帳を開いた瞬間、鈴音の心にまるで波が押し寄せるように母の気配が流れ込んできた。
鈴音は思わず目を閉じる。すると、母の懐かしい声や優しい香りがぼんやりと蘇ってくる。まるで母がすぐ隣で語りかけてくれているかのように感じられた。次の瞬間、母・紬の深い感情が、鈴音の中に直接流れ込んできた。
「…どうか、鈴音には普通の人生を…」
微かな母の声と共に、鈴音は紬の中に宿る恐れと愛情を感じ取った。母は、鈴音が能力に目覚めることで運命が動き出してしまうことを強く恐れていた。その思いはまるで波紋のように鈴音の中に広がり、胸が痛むほどに伝わってくる。
(お母さん…私のことをこんなにも心配してくれていたんだ…)
鈴音の脳裏に、幼い頃の記憶が鮮明に蘇った。紬が優しく鈴音を抱きしめ、額にそっと口づけをしていた場面。ふわりと漂う花の香り、そして「お母さんはいつも鈴音のそばにいるからね」と微笑む温かい声。その優しい声と共に、紬の胸の奥深くに秘められた不安と愛が、鈴音の中で流れるように広がっていく。
紬の想いが言葉のように鈴音に伝わってきた。
「鈴音が巫女としての力に目覚めること、それは避けられない運命なのかもしれない。でも、もしそうなら、その運命が彼女に優しいものでありますように」
紬の願いが、鈴音の心にずっしりと重みをもって響いてきた。鈴音をただ守りたい、幸せに生きてほしいという紬の強い祈りが、鈴音の胸の奥で共鳴するように響いている。
「…お母さん」
鈴音は思わず目を潤ませた。自分が何者であるか、何のために巫女の役目を担うのか、まだ完全には理解できないが、それでも、母が全力で守ろうとしてくれたことが痛いほどに伝わってきた。
鈴音は手帳をそっと閉じ、母が残してくれた愛情を胸に深く刻み込んだ。そして、母が願っていたように、自分の運命に向き合う決意を少しずつ固め始めていた。
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