揺れる時の狭間

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揺れる時の狭間

遅刻ギリギリで朝からバタバタとしたがなんとか無事に学校も終わり、鈴音は帰路についていた。 ピロンとスマホから音が鳴り見てみるとそこには祖母の千鶴子からのメッセージが来ており、確認すると『今日の学校の帰りに神社に寄って欲しい』と連絡が入っていた。 この町では年に一度のこの秋の時期に大きな祭が開催される。神社は今大忙しで準備に明け暮れていた。 鈴音も祖母の為に何度か手伝いに行っていた。 鈴音はまだ来たばかりだが活気付く町に少しワクワクしていた。 神社は山の上の方にある。商店街を抜け、長い石畳を登り切ると見えてくる。 提灯や神輿の準備など、神社は町の人が多くの人が出入りしていた。 「あぁ、鈴音ちゃん。来てくれたんやね。ちょっと見せたいものがあって…ここでは何やからちょっと部屋上がってもらおうか」 千鶴子はそういうと神社と隣接している家の中へと通された。 古びた日本家屋だが、隅々まで掃除が行き届いているのがわかる。 居間に通されると千鶴子はお茶と共に古びた一つの手帳を持ってきた。 「これは…」 鈴音はすぐにこれがただの手帳ではないことがわかった。 禍々しい何かを感じる。 「これは…あんたのお母さん、紬の遺品」 千鶴子は表紙をゆっくり撫でながら懐かしそうな眼をしている。 「紬が亡くなってからゆっくり話も出来ひんかったからな…ちょっと喋ろうと思ってん。最近はどう?学校慣れた?」 「はい、おかげさまで」 それはよかったと千鶴子は微笑んだ。 「紬はな、繊細な子やった…この田舎町はあまりに狭すぎたんや。だから東京に飛び出して行った。この手帳は紬の日記や。あの子が唯一残した遺品…」 触れなくてもわかる。 この日記は母の記憶そのものだ。全てが詰まっている。 落ち着いて聞いて欲しいんやけど…と千鶴子が喋り出す。 「…鈴音ちゃんは他の子とは違う不思議な力があるんとちゃうか?」 鈴音は目を丸くした。 「水乃家の直系の女はみんな少なからず力を持ってるんや。例えば私は未来を見通せる力で紬は遠くのモノを見聞きする力を持っとった」 「お母さんから、そんな話聞いたことない…」 「紬は力を嫌ってたからあんたに使って欲しくなかったんやろう。この町、水瀬には大昔からの伝説があってな…」 遥か昔、まだ日本が一つの国になる前のこと。 この町はもともと一つの国だった。 水瀬ノ国と言い、豊かな水源を持ち人々は支え合い、助け合いながら生きていた。 しかしある時から雨が降り続き、作物は育たず、皆が餓えに苦しんだ。 どこからか巫女が現れ、神に祈りを捧げると雨続きだった空が晴れ上がり陽の光が地面を照らした。 それと同時に巫女は姿を消し、この土地はずっと豊かに栄え続けたという。 その巫女と祈りを聞いた神への感謝として豊穣を願い一年に一度祭りを開催している。 「我々水乃家はその巫女の子孫と言われている。直系の娘は巫女の血を引き継ぎ、神の力を宿して生まれてくるんや」 巫女の血を絶やさないよう女が当主となり、子を産み、力を引き継いでいっていた。 紬はそれに嫌気がさし、当主になる責任を放棄しこの町を飛び出ていった。 そのため鈴音には力を目覚めさせないように、使わせないようにと言いつけ隠し通させてきた。 まさか、また鈴音がこの地に足を踏み入れることになるとは紬も思ってはいなかっただろう。 「巫女の力はこの土地を守るべきもの。水瀬の地にいる限り本来の力は徐々に戻ってくるやろう…。いまこの地は大きな災が起ころうとしてる。鈴音ちゃんの力がどうしても必要やねん」 「大きな災い…?」 「その昔、邪神に手を出した者がおった。その力を我が物にし国を支配しようとしとったんや。邪神はかつての巫女により封印されたんやが…今再び目覚めようとしている。それが目覚めるとこの町…いや、この日本に大きな影響を及ぼす」 鈴音は、母の遺品である日記を手にしたまま、千鶴子の言葉に耳を傾けていた。千鶴子の顔には、いつも以上に深刻な表情が浮かんでいた。 「鈴音には巫女の血が流れる。これはどう拒んでも受け入れないとあかん事実や。こうしてる間にも力はどんどん目覚めていくやろう」 鈴音は千鶴子の言葉に戸惑いながらも、自分の中に眠っている何かを感じ始めていた。そして、祖母が語る「巫女の伝説」が、自分にどう関わってくるのかも、まだわからないままだった。 ただ事実なのは幼い頃より持っていたこの能力だ。触れることでその物の感情ですら読み解くことができる。 いくら使わないようにしていたとはいえ、能力は鈴音の身体の一部だった。 家に帰った鈴音は、部屋にこもりながら母の遺した日記を開いた。そこには、母が水瀬町にいた頃のことが丁寧に綴られていたが、ページをめくるにつれて、日記には奇妙な記述や不可解な文字が現れ始めた。 その瞬間、鈴音の周囲が一瞬暗くなり、身体が冷たくなったような感覚が襲った。彼女は急いで日記を閉じようとしたが、ふと自分の中に何かが目覚め始めていることを感じた。 まるで何かに包み込まれているような不思議な感覚が襲ってくる。急いで日記を閉じようとするが、その瞬間、鈴音の指先が震え、目の前に奇妙な光景が広がり始めた。 部屋の空間が歪み、視界が揺れたかと思うと、目の前に古い神社の風景が現れる。そこには、母・紬が若かりし頃の姿で立っていた。彼女は神前で一人、何かを祈っているようだったが、顔には苦悩が浮かんでいた。 「お母さん…!」 そう声をかけようとするも届かない。 徐々に感覚が戻っていく。 視界が元に戻り、鈴音は急に現実に引き戻された。日記を閉じたまま、鈴音は息を整えることができず、胸の奥に深い不安が渦巻いていた。
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