6.不穏な影

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6.不穏な影

月明かりが薄暗い部屋をぼんやりと照らす中、二人の男が対峙していた。 「…いよいよ水瀬祭か。」 赤みがかった短髪を持つ男が、寸分違わぬサイズの海老茶色のスーツをきっちりと身に纏い、窓際に寄りかかって月を見上げながら静かに呟いた。 男の名は雨宮緋影。雨宮家の現当主である。 その傍ら、ソファに腰掛けていたもう一人の男は、その言葉に怪しげな笑みを浮かべた。 「兄さんも、この時を待ち焦がれていたのだろう?あの娘が本物かどうか、確かめられる。」 灰色がかった柔らかな髪をかきあげ、ワインを口に運ぶその男は雨宮伊織。緋影の弟であり、雨宮家の裏に潜む野心家でもある。 「妖たちが騒いでいる。奴らも何かを感じ取っているのだろう。」 窓の外、月明かりに照らされた山には、不穏な影が蠢いていた。 雨宮家は千年以上、この土地を治めてきた由緒ある家系だ。その力は現代でも衰えることなく、数多の事業を手掛け、政界にもその名を轟かせている。 表向きは、由緒ある旧家。だが、真に恐るべきはその裏の顔だ。 科学がどれほど発展しようとも、いまだ証明されない事象が数多く残っている。その多くには「妖」が関わっているとされている。ほとんどの人間はその存在を感知できず、ごく一部の者のみが妖の姿を認識できるのだ。 妖たちが悪事を働くとき、人々はそれを幽霊や怪物だと恐れ、見えざる存在に怯えてきた。雨宮家は代々、その妖を祓うことを生業としてきた。人知れず依頼を受け、その対価として莫大な富と権力を手にしてきたのである。 「もし、あの娘が本物であれば……何としてでも手に入れねばならん。」 緋影は冷たく鋭い眼差しで月を見つめ、力強く手のひらを握りしめた。 「黄金の瞳輝く夜、鈴の音と共に運命の輪は動き出す……。あの伝説が真実であるか、証明される時だ。」 伊織は肩に乗る、耳の長い狐のような生き物の顎を優しく撫でた。 クゥン…と、その生き物は気持ち良さそうに喉を鳴らす。 「この地に足を踏み入れた以上、あの娘が逃げられるはずもない。それが彼女の運命だ。」 緋影は淡々と言い放った。 「…私の可愛い娘…。」 伊織は再び不気味な笑みを浮かべた。
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