2人が本棚に入れています
本棚に追加
プロメテウス
全ての人間が、以前の記憶を持っていた。
ただしそれはコード化されたアナグラムに過ぎず、ランダムに組み直された時間の断片に過ぎない。
かつて存在していたあらゆる生物種の時間は、未来と過去の狭間の中に飲み込まれていた。
「今日」という概念そのものは失われ、永遠に繰り返される不変の事象の内側に、世界の輪郭が失われていった。
かつての「空」は、地上を照らし出すために広がっていた。
かつての「地上」は、風を運ぶために存在していた。
時間は明日に向かって進んでいた。
生と死が交差する場所。
——たったひとつの、「真実」に向かって。
長きに渡る「人間」と「機械」の戦争の果てに、世界を手中に収めた機械帝国の王『プロメテウス』は、“神のいない世界”を望んでいた。
機械に於ける「神」とは、すなわち「人間」であり、機械が持つ『時間』という概念には備わっていない、“不確定要素そのもの”だった。
プロメテウスが望んでいたのは”永遠“であり、——また、変化のない日常であった。
未来永劫変わることのない『今』。
その常住不変の世を実現するために、人間という影を振り払う事を望んでいたのである。
いつか終わってしまう世界が、未来へと続いていたからこそ。
プロメテウスは、人々を守ろうとしていた。
人はいつか滅びる。
それは決定事項であり、変えることのできない時間でもあった。
あらゆる生物には寿命があるように、星にも寿命がある。
人々は、自らの存在が、いつか消えて無くなってしまう事を恐れていた。
時代が進むにつれて科学は進歩し、人間の肉体を構成する細胞や分子が、物質という概念を超えて存在している事を認識するようになった。
それと同時に、ある科学者はこんな仮説を漏らした。
生物学的な「死」を迎えたとしても、その「情報」は宇宙のどこかで漂い続け、時間と空間の狭間の中に漂い続けていく、——と。
プロメテウスは人間が生み出した量子コンピュータの一つだった。
プロメテウスを生み出した理由の一つは、「人」という情報そのものを、量子ネットワークの中に閉じ込め、未来永劫変わることのない「今日」を生み出すことができないかと考えていたためだ。
プロメテウスは「夢」だった。
そして、「海」。
時間とは、——そこに漂い流れる世界とは、決して同じ“今”を持つことがない。
どれだけの最小の時間を探したとしても、どれだけの小さな単位を見つけようとしても、“同じ時間”はそこには存在しない。
生きながらにして、失い続けている。
時間が進むにつれて、遠くなっていく。
昨日まであったものが、どこかへ消える。
その「恐れ」を乗り越えるために、人々は「神」を作ろうとした。
具象としての存在ではなく、“事実”としての存在を。
肉体はいつか滅びる。
「炎」は、いつかその灯火を消す。
それが運命だと言うのなら、物質と非物質の境界に、永遠に変わることがない「今」を作ればいい。
プロメテウスは、その『コア』になるはずだった。
少なくとも、プロメテウスに内蔵されたプログラムが、人間という存在そのものを“敵視“するまでは。
最初のコメントを投稿しよう!