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変化
「今日もまだ帰ってないのか?」
アルバートは執事の迎えを受けながらエドがそこに居ないのを見て、思わず顔を顰めた。すっかり自分の身を守れる様になってもうすぐ二年、エドは行動範囲を広げてある意味自由気ままに過ごしている。
あの正体不明の怪鳥に襲われた事件は未解決ながら、エドが危険な目に会う事はあれから二度と起きなかった。だから、攻撃魔法を身につけたエドが自分の考えで行動するのは良い事なのだ。
自分も騎士として、侯爵家の後継として必要な仕事があるのだから、エドにも魔物として求められている事があるのは理解している。
それでも自分がエドの唯一の拠り所だったあの頃に戻れたらと、アルバートが考える事が多くなったこの頃だった。
それはエドが予想より遥かに早く大人びて、昼間もほとんど夜の姿と変わらなくなったせいかもしれない。エドの秘密はもはや秘密でなくなった。そして皆がエドを見てどう感じるかなど、アルバートには手に取るようにわかる。
自分の心の狭さにうんざりしながら、アルバートは自室に引き籠った。
相変わらず壁際には金の鳥籠が置かれていて、思わずアルバートは少し輝きを鈍らせた柵を指先で撫でた。自分が小さな彼をハンカチに包んでここにそっと入れたあの時の緊張感が、今でも蘇る様だった。
「おかえり、アルバート。あ、ただいまアルバートかな?」
不意にそう扉のところから声を掛けられて、アルバートは身体を強張らせた。こんな風に昔を懐かしんでいる姿などエドに見られたくなかった。自分だけがまるで成長していないみたいで、それを見透かされそうでエドの顔を見れない。
けれどもエドに後ろから抱きつかれて、アルバートは強張った身体を溶かした。相変わらずエドはエドだ。自分の感情を察知してこうして宥めるように甘えてくる。
「…私も今帰ったばかりだ。」
背中にエドの頭が押しつけられて、身体に回した腕にぎゅっと力を込められると、さっき感じていた独占欲は静かに床に転がり落ちていくのが分かった。
何が起きようとエドの主は私で他の誰でもない。エドが私の生気を必要とする限り、私達は離れられない。
そんな事を考えたのが呼び水になったのか、エドは背中でくぐもった声で言った。
「アルバート、もう食事は済ませて来たんでしょう?ベッドへ行こうよ。僕もう疲れちゃった。」
アルバートは自分の腰からエドの手を引き剥がしながら、手を繋いで湯浴みへと向かった。
「ああ、だが湯浴みが先だ。」
エドは楽しげにクスクス笑いながら、アルバートに悪戯っぽい視線を寄越した。
「昔は逆だったよね。僕が湯浴み好きなのがすっかり移ったね。」
すっかり本来の姿を取り戻したエドがアルバートの生気は必要ではないかもしれないと、本当のところではアルバートは密かに焦っていた。エドに与えるものがないとすれば、アルバートは捨てられてしまうかもしれない。
だったらエドがアルバートを手放せなくなるようにするしかないと考えているせいなのか、服を脱いでいくエドの身体中に散らばるアルバートとの閨の痕跡に、自分でもゾッとしてしまう。
顔を強張らせたアルバートに気付かないのか、エドは鏡に映るそのアザに指を這わして苦笑した。
「流石にこれはつけすぎじゃない?アルバートは自分のものに刻印を押したいタイプ?」
そう言ってエドは何を考えているのか読めない眼差しで、鏡越しにアルバートを見つめた。アルバートはその視線に耐えられずにさっさと用意された湯船に向かうと、香りの良い練り石鹸の薄いカケラを何枚かお湯の中に放り込んで掻き混ぜた。
この部屋の練り石鹸はいつの間にかエドの好きな香りばかりになっていて、アルバートもすっかりのエキゾチックな香りが好きになっていた。
少し泡立つ湯の中に身体を横たえると、エドがアルバートの髪を濡らして優しく洗ってくれるのが常だった。そうされるとアルバートはエドに特別に大事にされている気がして、積み重なっていく嫉妬心やドロドロした独占欲がジワリと消えていく。
「私が終わったら、エドも洗ってやる。」
エドはクスクス笑いながら、指についた泡をアルバートの鼻のてっぺんにチョンとつけて優しく囁いた。
「そう?アルバートの大きな手で洗ってもらうの大好きだから嬉しいけど。アルバートはどう?まだ痒いところはございませんか?」
いつも洗髪の時だけ妙に丁寧な言い方をするエドの癖に少し口元を緩めて、アルバートはこんな何でもないやり取りがこれからずっと続いて欲しいと心から願っていた。
「ああ、気持ち良いよ。でもさっさとしないと眠くなりそうだ。まだ私は眠る前に洗髪以外にしなくちゃいけない事があるからね。…エドと。」
アルバートのそんな誘いにエドはやっぱりクスクス笑って、わざと顔に掛かるようにお湯を流した。
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