手練の魔法師

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手練の魔法師

 カイトは盗賊達に片をつけながら、早足で走り去る馬上の魔法師を見送った。一瞬しか顔は見えなかったけれど、男か女か分からない見慣れない顔つきをしていた。随分若く見えたのにも関わらず、ほとんど声を発する事もなく慣れた様子で魔法を繰り出していた。  大商人のところに戻ると、彼らはカイトに向かって声を掛けて来た。 「おおカイト殿、何とかなった様ですね。しかしあの人数で来られた時は流石に肝が冷えました。正直あの魔法師の助けが無ければ、全員無事でいられたかどうか。カイト殿、そうだ、これを。」  カイトは街道に倒れる盗賊だったものを一瞥すると、大商人から数色の魔石の入った袋を受け取って街道の側に集まったその辺りの村人に近づいた。 「あれを片しておいてくれ。手数を掛ける。」  そう言って一番年長の男に袋を放った。村人達は袋を受け取ると中を見て顔を輝かせて礼を言った。 「アイツらには村も手を焼いていたんです。その上魔石を頂戴するなど、感謝しかございません…!勿論綺麗に片付けておきます。貴方様方は一体…?」 「シュベルツ大商人だ。…ひとつ聞きたいのだが、あの先に行った魔法師だが、今までもあの者を見かけた事はあるか?」  「やはり彼らも知らなかったのですね。あの様な人物なら、噂になってもおかしくないですから。手練の魔法師は何処の国でも貴重で、国が囲っているのが殆どですからね。  そもそもこの魔石を仕入れた隣国では、ここ一年、魔石の流通量が格段に増しました。あの様な魔力を持つ魔法師が国を出る事を許されるのなら、それも頷けます。  この魔石も我が国の半分の値ですよ。魔石の買い取りは許可証が必要ですから誰でも取引は出来ませんが、わざわざ足を運ぶ価値はあります。  私も王宮に頼まれて、カイト殿と一緒にこうして危険と隣り合わせで密かに行う有様です。  …しかしコステラ国から出た魔法師だとすれば、あの者はこの国の実情を知らないのではありませんか。事情を知っていたとすれば、好き好んであの国からディフェア国へ入ってくるなど考えられませんから。腕が立つとは言え、果たしてあの者の身の安全は…。」  そう、暗い表情でつぶやいた大商人は、この国のここ数年の転落を憂いた。魔力が落ちた国は争い事が増える。それは腕っぷしだけで物事の解決を見ようとするせいでもある。  それだけなら、国一番の戦闘集団である騎士団を持つ王族の安定は保証される。けれど知らぬ間に教会が財力でも魔力でも力をつけて来たせいで、ディフェア国のバランスはおかしくなりつつあった。  今や王族は教会の顔色を伺う事でしか、自分たちの地位を担保できなくなった。教会もいつに間にか勝手に武装化して、教会警備隊を構成している。  何処から教会に属する騎士を見つけてくるのか、一様に黒い装束を身につけた彼らは時折魔法も繰り出すせいで、数は王国騎士団に劣るものの、侮れない力を見せつけていた。 「…教会が魔物に支配されていると言うのは本当だろうか。本来魔物というものは国家の恩恵なのではないか。」  王国騎士団から魔石を扱うシュベルツ大商人の護衛に派遣されて二年になる貴族出身とされるカイトは、思い切って皆が口を閉じている話題を振ってみた。すると大商人とその食えない部下であるクリスは目配せしてから、声を潜めた。  「カイト殿、それは口に出してはなりません。。」 「カイト殿の言う通り普通は恩恵でしょうが、教会のそれは異形のものだそうです。本来は人型のものであるそれを教会(あやつら)が無理に呼び出したのか、捕らえたのか…。お陰で文字通り身の犠牲を払って教会はすっかり異形の駒になってしまったのではありませんか?」 「抹殺は…。」  カイトの問いに大商人は強張った表情で呟いた。 「無理でしょう。異形を超える者が現れない限りは。教皇が己のしでかした事に後悔してるとは思えませんし、噂ではもはや乗っ取られて本人の意思は無いと囁かれる始末です。」  初めて聞く話に、カイトは顔を強張らせた。貴族より世の事情に通じる商人の方が状況を把握できているのかも知れない。昔ながらの教会が黒の教会と呼ばれる様になったのはここ一年程だ。ある時から牧師達が黒いローブを頭から被って歩く様になった。  同時に教会に行けば魔石が貰えるという噂がじわじわ広がり、一部の貧しい民衆や魔力の少ない貴族までが教会に入り浸った。それからその人々が黒い衣装を身につけ始めるのには時間が掛からなかった。  ある日突然彼らは黒い衣装を身に纏わない者達を襲撃し始めて、王都の治安は一気に悪化した。統制の取れないその集団は直ぐに騎士団に寄って制圧されたものの、騎士団が調査に入っても黒の民衆を扇動した確証を教会からは得られなかった。  それ以降、教会も派手な事件は起こさなくなったものの、水面下では搾取と暴力が蔓延していて、被害にあった者も報復を恐れて口にするのを躊躇う様になってしまった。  そんな中、この国の人々は表面的には問題がない顔をして、心は諦めと自分に害が及ばなければなければ無かった振りで、重苦しい緊張感ギリギリで生活している。それは民衆だけでなく、貴族も少なからず似た様なものだった。 「そう言えばさっきの盗賊も、腰に黒いスカーフを付けていた…。結局そう言う事なのだな。」  カイトは顔を顰めて背後の街道を眺めた。最早黒い教会の支配の影響は、国境沿いのここまで及んでいるのだ。
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