戸惑いの一人旅

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戸惑いの一人旅

 出国早々、トラブルに巻き込まれてしまったと絵都はため息をついた。出しゃばるつもりは無かったけれど、かと言って放っておく事も出来なかった。取り敢えずその場を早々に離れたけれど、この国を出奔の場に選んだのは間違っていたかもしれない。  それともアルバートのいるコステラ国が特別まともな国だっただけなのだろうか。魔力が乏しくなると国が乱れるというのはアルバートに教えて貰った事だ。地図や本で多くのことを学んだつもりだったけれど、実際に現地で感じる体感は想像とは違う。  もしかして独り立ちするやり方を間違ってしまったのかもしれないと苦笑しながら、絵都は賑わいを見せる大きな街に入った。馬場に馬を預けると、ぶらりと街の中心へ向かって歩き出した。  街道沿いの街は何箇所か通り過ぎたけれど、大きな街の方が紛れやすいだろうと、今夜はここに泊まる事にしたのだ。その時、自分と似た様な真っ黒なローブを纏った相手とすれ違った。  絵都は魔法師かと見るともなしに相手の顔に目をやった。けれどマントの首元から覗く襟が牧師の衣装に見えて、魔法師ではないのかと直ぐに目を逸らした。  相手の視線が追ってくる様な気もしたので、絵都は念のために自分の後ろに簡単な流砂もどきを仕掛けて足早に前に進んだ。  『…何だこれは。』  初めて絵都が流砂もどきをお披露目した時に、アドラーは酷く驚いていた。絵都が発明した足止めの一種で、足元が柔らかくなって前に進みにくくなる魔法だ。それを気のせいかと勘違いする程度に仕掛けるのを、絵都は冗談混じりにアドラーにやったのだ。 『相手に気づかれずに、でも効果的に足止め出来るでしょ?なかなか良い魔法だと思うんだけど。しかも狙った相手だけにピンポイントで仕掛けることも出来るんだ。便利でしょ?』 『…お前の考えることは突拍子もなくて驚かされるな。よし、どうやってやるか教えろ。今度王宮でうるさ方に試してみよう。』  あの時の事を思い出してニンマリしながら、黒いローブの男から人混みに紛れることが出来たのを確認した。とは言え自分のマント姿もいかにもな旅姿で、似た様な格好の者が多くない事に気づいた絵都は、近くのこ綺麗な飯屋へマントを脱ぎながら入った。 「いらっしゃい。お客さん独りかい?」  人の良さそうな恰幅の良い女将さんが、絵都を見るなり笑顔を向けた。まだ早いせいか空いている店の中を見回した女将さんは、絵都を端の方へ案内した。 「あんたは綺麗だから変なのに絡まれるかもしれないからね。端っこで目立たない様にしてな。今夜のオススメはシチューだよ。」  絵都は気遣いのある女将さんに感謝して、シチューと軽い果実酒を頼んだ。用意したマントは薄くて上質な物なので、丸めてしまえばリュックに簡単に収まった。  荷物も最低限だ。最悪現地で調達しようと思っていた絵都は、早々に運ばれてきたシチューに舌鼓を打ちながら、硬いパンを浸した。 「女将さん、これ凄く美味しいね。ちょっと教えて欲しいんだけど、この辺りでオススメの宿はあるかな。少し値が張っても安全な方が良いんだけど。」  食事を楽しみながら絵都が尋ねると、まだ客の少ない店内で女将さんは厨房で作業しながら笑った。  「嬉しい事言ってくれるじゃないか。あんたは顔が綺麗なだけじゃなくて、気持ちもいいんだね。そうだねぇ、ここから少し先の赤い屋根の二階建ての建物はいい宿屋だよ。  お貴族様が泊まる様な宿屋だけど、あんたもお貴族様みたいだからぴったりだね。」  絵都は自分はそうじゃないと笑いながら、ドヤドヤと集団が入って来たのを機会に女将さんに礼を言って店を出た。マントを脱いだせいなのか、すれ違う人々の視線が自分に集まるのに気がついてしまう。  街を歩きながら、絵都は肩より長い黒髪を一つに結んでいて正解だったとため息をついた。それでも威勢の良い男達にちょっかいをかけられるのだから、結んでなければどうなっていたか分からない。 『エドの髪は本当に綺麗だ。艶やかでさらりと指の間をすり抜ける。決して切らないでくれ。』  そう言いながら髪に唇を押し当てたアルバートを思い出してしまって、絵都は顔を顰めた。まだ1日も経って居ないのに、こうしてアルバートの事を思い出してしまうなんて、独りぼっちのせいで随分心細くなっているのかもしれない。  教えられた赤い屋根の建物に到着すると、成る程その辺りでは目立つ佇まいだった。大きな両開きの扉を開けると、絵都は宿屋の主人の居るカウンターに近づいた。 「こんばんは。今夜ここに泊まりたいのですが、ひと部屋空いてますか。」  上品な物腰の宿屋の主人は、笑みを浮かべながら絵都を上から下まで探る様に見つめた。 「…何か身分を証明する様なものはお持ちですか。」  絵都は貴族の様な身綺麗な格好をしているつもりだったけれど、身分を証明する様な物は持って居なかった。コステラ国では絵都は自分の身分を保証する必要が無かったせいだ。  宿屋の主人の言う事も分からないことも無いので、絵都はどうしたものかと考え込んだ。ここで魔法師だと言うのも正解か分からない。 「お金はあるのですけど…。」  宿屋の主人はそんな絵都の言葉に分かりやすく顔を顰めた。 「うちにお泊まりになるお客様は身分のある方ばかりですので、身元が分からない方はちょっと困るのです。」  宿探しから(つまず)く世間知らずな自分に怒りさえ湧いて来て、もう一度交渉しようとした時、扉が開いて数人の客が入って来た様子だった。 「これはこれは。シュベルツ大商人ではありませんか。もうコステラ国での商用は終わられたのですか?」  満面の笑みを浮かべながら、宿屋の主人が絵都の後ろの新客に声を掛けた。絵都が釣られて振り返ると、そこにはあの街道で盗賊に襲われて居た商人達が居た。  一際体格の良い護衛が絵都をじっと見て、何を考えているのか分からない表情で口を開いた。 「彼はあの時我々に加勢してくれた若者ですよ、シュベルツ大商人。お礼をしなくてはいけませんね。」
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