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始まりの日
ひと気の無い薄暗い部屋の中央で、木製の台に乗せられた美しい金色の鳥籠が鈍く光っている。窓の外から早朝のひんやりした空気とキラキラした朝日の帯が差し込んで、鳥籠の中を明るく照らした。
鳥籠の真ん中に置かれた柔らかな重ねのハンカチの上に丸まっているのは、人型をした何かだった。小さいながら精密に出来たそれは明らかに命を感じる息遣いをしていて、朝日に照らされたせいで不意に身動きした。
顔を覆う顎までのサラリとした黒髪を持ったそれは、小さな身体に合った見たことのない衣装を身につけていたが、足元は裸足だった。それはのそりと身を起こすと、ゆっくりと立ち上がった。
戸惑った様子で鳥籠の中央から周囲を見回すと、鳥籠の柵に近寄って隙間から外を窺った。何かブツブツと呟いている様だったが小さな音だったので、奥まった位置にある寝室で眠っているこの部屋の主を起こす事は無かった。
小さな人型は鳥籠についた大きな鍵前に手を伸ばしたが、いかんせん身体が小さく鍵の上部を撫でただけだった。その頃には朝日も高く昇り始めて、部屋の中はずっと明るくなっていた。
重厚な凝った織物のカーテンと美しい木目の壁、洒落た足付きの一人掛けのソファ、壁際には本棚と袖付き机、そして蔓模様の描かれた美しい箪笥と鏡が壁際に添えつけられている。
部屋の中央に置かれた台の上の鳥籠は大人の目線の少し下に位置しており、その金の輝きを持って特別なものであると主張していた。けれど静まり返った部屋でゴソゴソと動く鳥籠の中身は、動いては止まりを繰り返し、終いには柵をよじ登ろうとする有様だった。
その時部屋の扉が軋む様な音をして開いた。さっきから活発に動き回っていた小さな人型は不意に動きを止めて、素早い動きでハンカチの下に潜り込んだ。
こっそりと部屋に入ってきたのは、足首までの白い寝巻きを着た幼い少年だった。室内履きで音もなく鳥籠に近づくと、少し背伸びをして鳥籠の中を覗き込んだ。けれども目当ての物が見つからなかったのか、鳥籠の周囲をぐるぐる回ると首を傾げた。
忍び込んで来た事も忘れてドタドタと煩く動き回ったせいで、この部屋の主が寝室から声を発した。それに反応して、少年は慌てて部屋を飛び出して逃げ出した。
この部屋の主である青年はベッドから起き上がると、半裸の上からガウンを羽織りながら少しふらつきつつも金色の鳥籠の側にやって来た。金色の淡い髪を掻き上げながらかがみ込んで鳥籠を覗き込んだ青年は、何度か角度を変えて覗き込むと、首に掛けた鎖を引き抜いた。
それから先端にぶら下がる鍵で、鳥籠の扉に掛かった重い錠前をカチリと開けた。
青年は開いた扉から注意深く手を差し入れると、ハンカチを指先でゆっくり持ち上げた。その瞬間、あの小さな生き物が素早い動きで青年の手の甲を飛び歩き、スルリと鳥籠の出口から飛び出した。
腕から胸元へ飛び移ったそれは、青年のガウンを滑り降りて腰の紐にぶら下がった。慌てた青年がそれを捕まえようと手を伸ばしたけれど、それは結んでいない腰紐を一気に滑り降りて床に降り立つと、一目散に走り出した。
青年は咄嗟にそれを捕まえようとかがみ込んだけれど、すばしっこいそれは本棚の下かどこかに隠れたのか見つけられない。動揺を見せながら、青年は廊下の扉を開けて何か叫んだ。
さっきこっそり入って来て鳥籠を覗き込んでいたあの幼い少年と、若い従者が一人、直ぐに顔を覗かせて青年の早口に緊張を滲ませながら頷くと、扉を閉めて部屋の中を見回した。これから協力して、逃げ出したあの生き物を捕まえようと、三人は膝と手を床板について目を凝らした。
★公開記念に本日18時にもう1話更新します★
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