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道連れ
「お若い方、もし良かったら私達と王都まで同行しませんか?どうもこの国には慣れていない様ですし、安全な宿屋に泊まるには身元の証明が必要ですが、貴方は何か事情がありそうですからね。
私達も貴重な商品を王都へ運んでいるので、魔法師である貴方が一緒だと正直心強いのですよ。なに、宿泊費や食事の費用はこちらで請け負いますから、悪い話ではないでしょう?」
そう60過ぎに見える大商人に朝食中に声を掛けられて、絵都は考え込んだ。
昨日はこの三人連れのお陰で、無事にこの宿に泊まって快適に眠れたのは確かだった。それも中々顔が広い大商人の口利きがあったからだ。
彼らの口利きがなければ、今後もいちいち自分の身元を証明するのは難しいし、かと言ってそれを必要としない宿屋に泊まったら安心して寝れない気もする。アルバートの国でも絵都はそこら辺の宿屋に泊まったことなど無いのだ。
結局いつも絵都はアルバートやアドラー達に十分に守られて来ていた。離れないと気づかないなんて、本当にすっかり骨抜きにされてしまったみたいだ。
絵都は紳士的な大商人に微笑むと、チラッとカイトとか言う護衛の方を見た。
「僕にはあの人も十分に腕が立つ様に見えました。それに私の身元をあなた方が知らなくて良いのですか?私は大悪人かもしれませんよ。」
すると大商人は楽しそうに笑って目を光らせた。
「ホホホ。確かにカイト殿はとびきりの腕前です。でもこの話を持ち出したのはカイト殿が先ですよ。私らは勿論魔法師である貴方様にこの先も同行して貰いたいと考えてましたが、護衛であるカイト殿が良いと言わなければ叶わない話ですからねえ。
カイト殿が良いとするのですから、私らも反対はしません。それに私の見た所、貴方様は大悪人では無い様に思いますよ。」
大商人と言うだけあって、その眼力は強かった。絵都は降参した様に肩をすくめると、カイト殿と呼ばれた30歳ぐらいの厳しい顔つきの護衛に目をやってから、大商人に顔を戻した。
「…どうも中々良い話の様ですね。確かに僕は独り立ちのためにこの国の王都へ行く事しか考えていなかったので、色々準備不足の様です。僕が知っていることと言えば、地図や本の情報だけですから。
旅慣れたあなた方から色々教えていただけるのは、僕にも十分なメリットがある様ですね。では王都までよろしくお願いします。」
結局絵都はこの三人と王都まで一緒に行く事になった。大商人と呼ばれる紳士的な老人と、そのお付きであるクリス、彼は静かで無駄な事を一切話さない40歳ぐらいの男だけれど、目つきは鋭かった。大商人が信頼している様子なので切れ者なのだろう。
護衛と認識していたカイト殿は、自己紹介を聞くに貴族出身の騎士だった。ディフェア国の騎士団に所属していると言う事だったので、大商人の積荷は国が関係する貴重な品なのだろう。
「エドで結構ですよ。僕はあなた方よりずっと若輩者ですから。僕は大商人、クリスさん、カイト殿と呼ばせていただきますね。」
絵都がそう言うと、カイトがぶっきらぼうに言った。
「私の事もカイトで良い。この国では魔法師は貴重な存在なのだ。それにエドは貴族なのでは無いか?あまり詮索するつもりはないが、魔法師ならそう振る舞うべきだ。」
絵都は薄く笑って、自分は貴族ではないし、魔法師なのかと言われたら違う気もした。自分が特別な魔物だと言ったら、彼らはどんな反応をするだろう。
「魔法師は特別視されるのですね。そう考えると僕は大商人の部下として同行した方が良いかもしれません。いざという時には助太刀しますが、基本魔法が使える事は知られたくないのです。」
絵都の返事に三人は顔を見合わせたけれど、クリスが口を開いた。
「確かにひと目を惹くエドが魔法師だと大っぴらにするのは得策ではないかもしれません。今回の商品の性質上、余計な視線が集まるのは悪手でしょう。ではエドは商人見習いとして同行してもらいましょう。
…それらしい格好が必要かもしれません。今の格好は確かに貴族の様ですから。」
クリスにそう言われて、絵都は自分の服装を見下ろした。持っている服で地味なものを選んで着てきたけれど、アルバートの用意した物なのだから、貴族っぽいと言えばその通りだろう。
「…そうですか。では急いで街で買い物をしてきます。あの、クリスさん見立てて頂けますか?見習いがどんな服装をするのかよく分からなくて。」
それから出発までに絵都はクリスさんに連れ回されて、それらしい服を手に入れた。なるほど生地も違えば、仕立ても違う。アルバートの用意した服の着心地の良さに改めて有り難みを感じてしまった。
シンプルな白いシャツとサスペンダー付きの焦茶色のズボン、そして裏に杖をしまえる青いベストを身につけた絵都は、長い黒髪を茶色の革紐で括った。
鏡に映る姿は商人見習いと言えばそう見えるかもしれない。そう考えると絵都が着ていた白いタイ付きブラウスに黒い艶のある生地のパンツ、藍色の上品なマントはどう見ても貴族の様にしか見えなかった。
少し面白い気分で鏡に映る自分の姿を見つめながら、絵都は青いベストの木のボタンを指先で回した。
「クリスさん、僕有能な見習い目指して頑張りますね。ふふ。」
鏡越しに目を合わせたクリスは眉を少し動かしただけだったけれど、口角が少しだけ上がったのを絵都は見逃さなかった。さぁ、コスプレして旅の続きだ。
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