あどけない魔法師

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あどけない魔法師

 通り過ぎる人々が、もう一度彼を見ようと振り返るのにすっかり慣らされてしまったとクリスは苦笑した。確かにあまり見ない風貌であるのは確かだ。  エド自身は20歳だと言うが、それを聞いて思わず三人が顔を見合わせるくらいエドは若く見える。本人は自分の事をあまり多くは語らないけれど、物腰の柔らかさや言葉遣い、あまり街中の常識を知らない様子を見ると、カイト殿の言う通り貴族出身なのだろう。  隣国から来た事からも、何か事情があって身分を伏せている様に思える。  普段あまり人を信用しない主人でさえ、短い時間でエドの事をまるで孫の様に可愛がっているのを見ると、クリスは妙な感覚を覚えた。()の方は物腰は丁寧だが、本来は非常に厳しい方なのだ。  エドの質問に嬉々として答えているのを見ると、主人の別の一面を見た気がして笑みを堪えるのが難しい。  とは言え、エドはカイト殿には一定の距離を取って対応している。あれは貴族であるカイト殿を警戒しているのか、それ以外だとどう言う意図があるのかは分からない。  一方のカイト殿は相変わらずの鉄仮面で、他人の機微を読む事に長けているクリスにも相変わらず何を考えているのか読めなかった。  そもそもあの御仁は、魔石の取引の時だけ護衛と監視のために我々について来るのだが、貴重な魔石の誘惑に乗らないと言う意味では王族に近い筋なのではないかとクリスは推測していた。  我々に知らされる貴族の身元は伏せられることが多く、大商人である主人のみが知っていると言う場合も今回の様に当てはまっているのだ。とは言え主人の右腕であるクリスにとっては、優先すべきは主人あって、余計な事を考える必要はないのだった。  「クリス、昼食はあの店が良いって大商人が言ってたから、僕が先に行って予約を取って来るね。」  そう声を掛けて来たエドは、返事をする間もなく足早に店へと向かってしまった。珍しい黒髪が人いきれの中に見え隠れするのを見つめていると、カイト殿が声を掛けて来た。 「こうして見ると、すっかりエドは商人見習いみたいだ。」  すると大商人が楽しげに笑いながらクリスを見て言った。 「確かにエドの勘の良さは稀なものですな。クリスの教え方も上手いのでしょうが。」 「…エドは勘が良いと言うより、どちらかと言うと経験がある感じです。貴族の様な振る舞いをするかと思えば、ああして気が利いた動きを見せるでしょう?教えられたからと言って直ぐにできる事ばかりじゃないですからね。何とも掴みどころがないですね、エドは。」  クリスの意見に二人が頷きながら店に近づくと、エドが二人の貴族らしい若者に絡まれていた。クリスはこんな光景もいつもの事だと苦笑した。 「…ですから僕は商人見習いですから、貴方達と一緒に食事をする訳にいかないんです。」  苛立った口調ながらも、エドは微笑みを浮かべていた。相手の立場を判断してその場を上手に言いくるめようとするのは、エドの見せる別の顔だ。まるでそれがいつものことの様に慣れた様子で振る舞う。  「エド、どうした。何か問題か?」  ただでさえ圧のあるカイト殿がエドに声を掛けていた青年貴族を一瞥すると、エドに目をやった。 「いえ、道を聞かれていただけです。皆さんの席は取ってありますので、こちらです。」  そう言うと、丁寧に若い貴族に会釈して先に立って店の中に入った。青年貴族はカイト殿の騎士服を見ると慌ててそそくさとその場を離れて行った。  店の者に案内された衝立で仕切られたテーブルに座ると、早速エドが面白そうな顔をしてカイトに礼を言った。  「いつも彼らが尻尾を巻いて逃げ出すのは、カイト殿のお顔が怖いだけじゃなさそうですね。彼らは一様にカイト殿のマントの留め金を見ていますから。それが印籠みたいな効果があるのでしょう?」 「印籠とは何だ。」  エドの言葉にカイト殿が尋ねて、エドは少し考え込んで微笑んだ。 「えーと、これさえ見せれば全部上手くいく印の様な物です。それって騎士団の印って訳じゃないんでしょう?昨日すれ違った騎士の留め金はカイト殿のものとは違いましたから。」  「…随分目端が効くな、エド。そうでなくてはその若さであの様な魔法を繰り出す魔法師にはなれまい。これは貴族なら分かる印の様なものだ。お前が知らなくていいことだが…。  …私の側にいる限り、あの様な貴族からエドを守ってやれるが、この旅が終わったら何かしら身分を作らないと困る事になるのではないか?魔法師としてなら私が王様に口利きしても良いぞ。」  すると大商人がカイト殿に張り合う様に身を乗り出した。 「もしエドさえ望むようでしたら、私の商会に籍を置きますか。エドは魔法を使いたくない様ですし。魔法を使わなくてもエドはなかなか使える人材です。私も側にエドの様な魔法師がいたらいざという時に心強いと言う下心も有りますが。ほほほ。」  エドはカイトと大商人に思わぬスカウトをされて、ひと好きする笑顔を浮かべて口を開いた。 「お二人の提案に感謝します。…そうですね、王都に着くまでに考えさせてくれますか?僕も何が何やら、分からない事ばかりですから。」
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