アルバートの悲嘆

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アルバートの悲嘆

 「エドが帰ってこない?またいつもの様に遅くなっているだけじゃないのか?」  心配顔の執事にエドの不在について尋ねられて、アルバートは気持ち急ぎ足で二人の部屋の扉を開けた。シンと静まり返っている部屋は、いつに無くガランと感じられる。  ふとティーテーブルに真っ白な封筒が置かれているのが見えて、心臓が嫌な音を立てた。こんな光景は見たことが無い。  眉を顰めながら近づくと、その封筒には見覚えのある筆跡でアルバートの名前が書かれていた。  胸の鼓動が速くなるのを感じながら、少し震える指先で中から手紙を引っ張り出した。それを読み進めるうちに、アルバートは顔を強張らせてソファにドサリと沈み込んだ。  もう一度一文字も落とさない様に読んでも、伝わる内容は同じだった。 「エド!どうして…!」  咄嗟に立ち上がったものの、今から宛てもなく外に飛び出たところでどうしようも無い事は分かっていた。アルバートは手紙を掴むと、父親に取り次ぐ様に執事に頼んだ。 「こんな時間に会いたいとは、何かあったのか?…酷い顔色だな。」  訝しげにアルバートを見つめながら、袖付き机から侯爵は立ち上がった。 「エドが出ていきました。…もう、ここに居ません。」  侯爵は虚を突かれた顔をしながら、アルバートと自分用に強い酒を用意した。それからソファに座って項垂れているアルバートの前に黙って小さなグラスを置いた。  自分の分を一口飲むと、侯爵はアルバートの様子を見つめながら尋ねた。 「最初から説明してくれ。」  アルバートは手紙を侯爵に差し出して手元の酒を煽った。 「そこに書いてある事が全てです。エドはずっと考えていたんです。私の側を離れて一人で生きてみたいって。朝出立したので、もうこの国には居ないかもしれません。  …最近のエドは何処か変でした。酷く陽気に振る舞うかと思えば、心あらずにぼんやりして。彼はどうして私に相談しなかったんでしょう。必要なら私が色々自立の手立てを打ってやったのに。  …それに私がエドに嫌われていたとは思いません。それともそう見せていただけなのか…?」  侯爵はエドからのアルバート宛ての手紙に目を通すと、ソファに沈み込んだ。 「ここには簡単にしか書いてないから行間を読むしか無いが、エドはお前の将来を気にしていたのではないか?…お前は侯爵家の後継だからな。」  侯爵の言葉にアルバートはキッと目を細めて荒っぽく言い放った。 「私の将来!?エドが居なくてはそんなものないも同然だ。私はエドを愛しているのに!」  アルバートの叫びは書斎の中に響き渡った。自分の言葉に目を見開いたアルバートをじっと見つめながら、侯爵は静かに言った。  「お前がその気持ちをエドに伝えていたのなら、何か違っていたかもしれない。私はお前が魔物を得てから、それがあの魅力的なエドだと分かってから、とっくに彼に魅入られていた事に気づいていた。  それは必然とでも言える事だったけれど、お前はエドを側に置くだけで彼と肝心な話をしなかったんじゃないのか?結果的に彼の方がお前の将来の事を心配したんだ。  …サミュエルがいるから、侯爵家の血筋を残す事は出来る事をエドは気づかなかったのか…。彼はアルバートに後継者になって欲しかったのかもしれないが。」  アルバートは顔を強張らせて父親である侯爵を見つめた。 「私の勇気が出なかったんです。父上の期待に応えたかったのに、エドを取れば期待を裏切る事になる。でもそれよりもエドが私と一緒に過ごしてくれるのは主だからなのかもしれないと、エドの本心を知るのも怖かった。  不甲斐ない自分のせいで、こんな結果になってしまったんです。…ああ、そうだ。エドは小箱いっぱいに虹色魔石を残していきましたよ。コツコツ作っていたんですね。時々随分疲れた様子を見せていたのに、私は思いやりもなかった…。  私の側にいない方がエドは幸せなのかもしれない…。」  侯爵はギシリとソファから立ち上がると、袖付き机の引き出しから一通の封筒を出した。 「これは大魔法師のアドラー様からの手紙だ。つい昨日届いたものだ。ここにはエドがもし屋敷から出て行ってしまっても決して追いかけるなと書いてある。  エドは己の力で独り立ちしたいと時々アドラー様に漏らしていた様だ。ああ見えて、彼は独立心が旺盛なのだ。そしてこうもある。エドはあの怪鳥の事も随分気にしていたとね。何となく自分と関係があると感じている様子だったそうだ。それも旅の目的なのかもしれない。  …彼は魔物だ。彼なりの宿命を背負っているのかもしれない。それにお前への手紙の最後に書いてある言葉を読んだだろう?」  アルバートはシワになった自分宛の手紙を指先で伸ばしながら、最後の文字を指でなぞった。  […魔物と主として僕らが出逢っていなかったらと、考えてもせんなき事を時々考えました。もし僕らが離れられない運命なら、時がくれば僕はアルバートの元に戻るでしょう。  今は自分の足で立ってみたい。旅に出る事を許して下さい。] 「勝手な事を…。残された私の心を引き裂くのだから、やはりエドは魔物だ。…父上、一体私はどうしたら良いんでしょう。」  アルバートは憔悴した表情で、侯爵を(うつろ)に見つめた。侯爵はそんな息子を見つめながら、ため息と共に目を閉じた。今は時間が必要だ。エドにも、息子にも。  そして魔物の意思は絶対だという事実を前に、彼らにも誰にも迂闊な手出しは出来ないのだった。
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