アドラーの懸念

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アドラーの懸念

 結局アルバートは一人では広すぎるベッドでまんじりとせずに朝を迎えた。エドが当たり前に居る生活が、そうでは無かった事に今更気づいて、何も見えていなかったと失笑してしまう。  まして父上の前で思わず発した自分の言葉に愕然としてしまった。ああ、私はエドを愛している。エドに刻んだ夜の痕跡の数を見れば分かりきった事だったのに。  自分の心を直視できなくて、結局エドは私から離れてしまった。もし私が真っ直ぐにこの気持ちを伝えていたのなら、エドもこんな形で姿を消すことはなかったのかもしれない。  アルバートはまだ明けない朝靄の向こうを窓際に立って見つめると、湯浴みをして身支度を整えた。  エドが居なくなってからまだ1日だ。そう遠くに行った訳じゃない。本人の意思に反して連れ戻す訳ではないけれど、何処に行ったのかは把握しておかなければ。  アルバートはまだ屋敷が静まり返っているのを感じて、苦笑した。いくらなんでも早過ぎたか。  今日は騎士団を休んであちこちに手配する事にしよう。エドの事だ。自分の身分を隠して行動するに違いないが、あの風貌は隠し通せるものでもないだろう。  アドラー様も何か知ってることがあるかもしれないし。決して追いかけるな?随分と簡単に言う。そんなのは無理だ。私とエドは離れられないのだから。  自分のすべき事がはっきりしてしまえば、アルバートは沈んだ心が浮き上がってくるのを感じた。手の中のエドは逃げ出したけれど、もう一度腕の中に戻ってくる様に仕向ける事は出来る。真っ直ぐな愛で。エドが帰る場所はここにしかない、だろう?  「そうか…。最近しきりとこの国以外の話を聞きたがっていたからな。もしかしてと言う気持ちで侯爵に連絡はしたのだ。アルバートの想像通り、エドは今の状況を良しとは考えていない様だったからな。  俺はエドは魔物なのだから好きにしたら良いとは言ったのだ。ああ、間違えるな?アルバートの事を振り回してるとエドが気にしていたからな、それの件だ。  それとは別にエドは例の怪鳥の襲撃、あれをずっと気にしてたな。色々調べたが、結局分からずじまいだったやつだ。  …アルバートは虹色魔石の件を聞いた事があるか?エドの作る虹色魔石とは別の魔石の件だ。出回りつつあった物とは別の虹色魔石をエドが簡単に作ったのを見て、密かに別の魔物を誰かが囲っているのでは無いかと俺は疑った。  可能性があるとすれば教会ぐらいだが、調べてみたがその形跡は無かった。  ただここ一年、どうもおかしな噂が出てきている。隣国の教会の話だ。  王族と敵対して魔力も増してるとか。魔物がその教会に居ると考えると色々腑に落ちるんだ。あの怪鳥がエドの腕に残した手の跡から人型の変幻した姿だと推測した様に、別の魔物の仮説も現実味が出るだろう?  まぁ、これは俺だけの仮説だ。誰にも言った事は無い。ましてエドにもな。下手な事を言ったら、あいつなら首突っ込みそうだろう?」  「…エドは隣国へ行ったと思いますよ。」  二人の側で話を聞いていた若い魔法師ゼインがポツリと呟いた。アルバートとアドラーは同時にゼインの方を見た。 「エドが言ってたんです。自分の風貌が目立つのは自覚してましたからね。黒髪が目立たない国ってあるかって聞かれたので、隣国の山岳エリアには確か髪色の暗い者が居るから、この国よりは目立たないかもしれないって話した事があるんです。  だから魔物として知られてなくて、注目されない様に考えるとすれば隣国かなと思います。ただ、髪色の問題というよりは、あの風貌ですから目立たないという訳にはいかないでしょう。それにはあまり気付いてない様でした。」  アルバートは顔を強張らせた。 「…アドラー様の仮説を聞いた後では、エドはむざむざ危険な中に飛び込んだとしか思えない。怪鳥がエドを襲ったのは事実なのですから。 エドが国境を抜けることなどやろうと思えば簡単でしょうね。この国の貴族である私がエドを追ってディフェア国へ入るのは簡単ではない。何か特別な理由が必要だ…!」 「そうだな。それは我ら魔法師も同じことだ。どの国も魔法師が国を出る事は厳しく制約している。出来るのは商人くらいな者だろう。この国に来る商人は多くても、あの国へわざわざ行く者がいるか?魔力の低下はこの国の比ではないぞ?」  アドラーの言葉にアルバートは顔を上げた。 「ではあの国へ商人を送ります。そしてエドの痕跡が無いか調べてもらいましょう。こうなってみると、エドの風貌が注目されるのは却って良かったかもしれません。 エドの独り立ちを邪魔したいわけじゃ無いんです。ただアドラー様の仮説を聞いた今では、何とかエドと連絡を取らないければいけない気がします。どんな手を使ってもね。」  
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