プロローグ

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プロローグ

 「兄上、ずるいです。僕もたまにはエドと一緒に眠りたいです。」  アルバートの歳の離れた弟、今年9歳になるサミュエルが兄より明るい藍色の瞳に不満を滲ませながら口を尖らせた。兄であるアルバートは少し口籠ると、椅子に座ってこちらを面白そうに見ている黒髪の少年をチラッと見て弟を(さと)した。 「サミュエルがどう考えようが、エドは私の魔物だ。魔物は(あるじ)と共にあるべきだろう?」  納得のいかない顔をしたサミュエルが、もう一度エドと呼ばれた少年の方を見て食い下がった。 「じゃあ、エドが良いって言ったら許可してくださいね?だって、魔物の意思は絶対なんでしょう?」  一人掛けのソファの背に両腕を乗せながら二人の会話を聞いていた、歳の頃は13~4歳の黒髪の麗しい少年は、クスクス笑って声を掛けてきた。 「僕の希望を言えば、そうだね、たまにはサミュエルと一緒に眠るのも悪くないよ。アルバート、今日は寂しいかもしれないけれど、一人でお利口さん出来る?」  弟と同じ明るい金髪のアルバートは、精悍な顔を赤くさせて、咳払いして言った。 「…どうせ夜中に戻ってくる羽目になる癖に…。魔物であるエドの意思は絶対だから私が文句を言えるはずも無い。勝手にすれば良いだろう?」  途端に満面の笑みになったサミュエルは、眠る前に読む本を選ぼうと黒髪の少年の手を引っ張った。細身ながらバランスの良い身体を引き立てる衣装を着こなしたエドは機嫌良く立ち上がると、顔を顰めたアルバートの横を通り過ぎ様に少し背伸びして耳元で囁いた。  「…たまにはアルバートも一人になりたいでしょ?それとも僕が隣にいた方が(はかど)るのかな?」  目を見開いたアルバートはますます顔を赤らめて、楽しげに部屋を出る二人を振り返ることもしなかった。アルバートはすっかりエドに揶揄われたものの、弟のサミュエルがエドに執着している様に思えて思わず顔を顰めた。  けれども(はた)から見ればエドに執着している度合いは遥かにアルバートの方が酷くて、であるエドの主である事でカモフラージュされているだけだった。  アルバートは静かになった自室の壁際に置かれた金の鳥籠をぼんやりと見つめた。半年前にこの鳥籠を使ってエドを捕まえたのはアルバートだった。エドはそれについて不満を漏らす事は殆どなく、けれども時々何を考えているのかわからない眼差しで静かに鳥籠を見つめている。その眼差しがアルバートには気にかかる。  エドが魔物である事を知らない者はこの屋敷には居ない。屋敷の外でも実際にその姿を見た者はごく一部だったが、特別な魔物がこの国に現れた事実は公然の秘密だった。  そのため魔物の主は今年二十歳になるアルバートではあったけれど、彼の父親であるロブリアス侯爵に話を聞きたがる貴族から届く、夜会の招待状は途切れる事がなかった。  夜も寝静まった頃、アルバートの部屋の扉が軋む音を立てて開いた。  廊下のランプに照らされたその人物の影が部屋に伸びた後、パタンと扉が閉まって再び部屋が薄暗闇に覆われると、部屋よりさらに暗い人影がゆっくりとアルバートのベッドに近づいた。  その影は慣れた様子で長い手足をするりとベッドに潜り込ませると、目を覚ましたアルバートに微笑み掛けた。 「…ただいま。やっぱりアルバートから離れると落ち着かないね。でも僕が居なくて良かったこともあるんじゃない?」  そう言って昼間より少し低い声で妖艶に微笑むエドは、サミュエルと手を繋いでいた姿とはまるで違って見える。夜だけ戻る本来の魔物の姿がそこにあった。  「…何のことだ。良いのか?今夜は口づけしなくて。」  窓からの月明かりでアルバートの金髪が闇夜に浮かび上がる中、アルバートと同世代に見えるすっかり大人びたエドはため息をついた。 「僕は一生アルバートから離れられないのかな。…可哀想なアルバート。魔物に魅入られて。」  そう呟いた黒髪の青年は、アルバートに抱き寄せられて唇を重ねた。静かな部屋に響く微かな水音と吐息が絶え間なく続いた後、また静寂が部屋に戻った。  しばらくすると大きい方の影がムクリと起き上がり、小さくため息をついた。薄暗がりに浮かぶ明るい髪色のアルバートは隣で寝息を立てている青年をしばらく見下ろすと、諦めた様に起き上がって湯浴みに向かった。  火をつけられた身体を冷まさなくては、とても眠れるものではない。日に日にこの疼きが酷くなる気がして、アルバートはもう一度ため息をついた。  不完全な魔物であるエドは、主であるアルバートの生気を必要とはするけれど、甘い口づけで済むのだから決して多くを必要とする訳ではない。一方のアルバートはそれでは済まないのだから、エドの言う通り魔物に魅入られているのは自分の方なのかもしれないと薄く笑った。  魔物を不完全にしたのがアルバートの罪ならば、それは甘くて辛い罰をもたらしたのだ。  
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