彼女の背には羽を、そして世界は終わりを告げる

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 彼女に出会ったのは、半年くらい前のことだ。  教師に再三注意されてやめるように言われてはいたけど、よく校内の人気のない場所で手首を切っていた。  学校で切ったことがばれると、めんどくさいことになるのはわかっていたのだけれど、そうは言ってもこの世界はクソみたいで最悪で理不尽で手首を切ってでもいないとやってられなかった。  うちは父親と母親と兄貴が金をどんどん使うからあたしにまで回ってくることはほとんどなくて、だからそれはもう身なりを整えろなんて言われても無理な話で、そんなだからまあクラスで浮くのは仕方なかった。  今はもう、理由なんてどうでもいいんだけど。  そのときも性懲りもなくほとんど人の来ないトイレで手首を切っていた。  その頃のあたしは一応は学習していて、トイレなら水ですぐ流せるし最悪残っても女子トイレなんだから多少の血痕があってもいくらでもごまかせる。  ということでトイレでこっそり切っていた。  特にその時はむしゃくしゃしていたからいつもなら個室の中でやるのにそこまで待ちきれなくて手洗い場で切ってしまった。  まあ洗えばいいやと思っていた。  切ると気分はすっとするけどその代わり後片付けがめんどくさい。  それはどうでもいいや。  だって後のことなんて考えられない。  いつだってその時楽になりたいだけだから。  とにかくその時だった。  扉が開いたと思うと、見知らぬ女子生徒が入ってきた。  あ、まずい見られた、と思ったけれどかといってもう手首からは血がだらだら流れていたわけでごまかしようがなかった。  あーあーまた先生達からのお説教かなあと思っていると、はじめは驚いたように立ち尽くしていた彼女はつかつかと近寄ってきて、あたしの手首を手に取ると――舐めた。 「なに、を……」  驚いて動けないあたしをよそに、彼女はひどくきれいな笑顔で「血っておいしくないね」と言った。  意味がわからなかった。  驚きすぎて何もわからなかった。  ただ彼女の舌があたしの手首を這った場所がじんじんと熱を持っていたことと、彼女の唇にあたしの血が付いていたことは今も鮮明に覚えている。
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