彼女の背には羽を、そして世界は終わりを告げる

4/11
前へ
/11ページ
次へ
 自分の名前が嫌いだと言ったら、彼女はあたしのことを「あーちゃん」と呼ぶようになった。  彼女以外に呼ばれるのは嫌だろうけど、彼女に呼ばれるのは好きだった。  まあ、彼女以外にあたしのことをそう呼ぶ人間なんていなかったけど。  彼女は保健室登校をしているのだという。  どうして普通に通えないのか気にはなって、一度だけ聞いたことがあるけど、彼女は曖昧に笑って「うーん、なんかね、人の目が怖くなっちゃって」とだけ言った。  あんまり触れられたくないのだろうと思ってそれ以上深く追求することはなかった。  でも、一緒にいるうちに理由を察した。  今まで何度か保健室に連行されたことがあったのに、見たことがないというと、他人が来たときは隠れていたのだという。  言われてみれば、ベッドのところにはだいたいいつもカーテンが引かれていて、誰かが使用しているんだな、と思っていたことを思い出した。 「だから、あーちゃんのこと、前から知ってたよ」  と彼女は言う。  一度、話してみたかったのだと言われた。  それがどうして血を舐める行為につながるのかは、ちょっとわからないけど。 「どうしてだか、あのときあーちゃんの血がおいしそうに見えたの。  あーちゃんのこと、好きだからかな」  なんて彼女が笑うから、仕方ないなって許した。  彼女のやることはなんだって許した。  今にして思うと、彼女は偏見と差別に満ちた目にさらされ続けていた。  彼女の美しさがたぶん余計に人目を惹いてしまって、そのせいで人の興味を掻き立ててしまうんだろう。  悪意があっても、あるいは悪気がなくても、無遠慮な人々が彼女を傷つけていった。  目は口程に物を言う、という言葉があるらしい。  口ではいくらでも、なんとでも言える。  でも、目が、その目がすべてを物語っている。  人々が心の中に隠した本音を。  だから彼女は人の目を恐れた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加